「思いがけない顔」 | My-Hero

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ヒーローに憧れた夢。

新宿駅で、一つの顔が私の目に飛び込んできた。たくさんの人々が行き交うこの駅で、その珍しい出来事に、私は思わず足を止めていた。後ろから歩いてきていた人と、急ブレーキをかけた私は勿論ぶつかってしまう。「すみません」と謝りながらも、私の目線は女の子の顔に注がれたままだ。その女の子は、キリッと前を見つめている。決して泣いている訳ではないのに、何故か頬を涙が伝っているかのような、そんな寂しそうな顔をしていた。吸い寄せられるように近付いていった私は、思わず


どうしたの?


と声を掛けていた。女の子は今の今まで私の存在に気付いていなかったらしく、体を宙に浮かせる程、ひどく驚いていた。


ごめんね。驚かせちゃった。

いえっ…

誰かと待ち合わせ?

あ、あの…お父さんとはぐれちゃって。

そっか。電話してみた?

ケータイ持ってなくて…

お父さんの番号とか覚えてないよね?

覚えてはいるんですけど…

ほんと!?覚えてるのすごいね!じゃあこれ、使って。

え、いんですか!?

どうぞ。

ありがとうございます。


お父さんは、電話には出てくれなかった。女の子は会った最初の頃よりも、もっと心細い顔になってしまった。私のせいで、申し訳ないことをしてしまったなぁ。


ショートメール送って、しばらく待ってみようか。お父さんも探してるはずだし。

はい、すみません。


女の子の寂しそうな顔をなんとかしたくて、話題を見つけてみるが。適当なものが思い付かなくて、自分が情けなくなる。この子の何倍も生きてるはずなのに、不安にさせてどうするんだ。そうして結局私が口を開いたのは─


私アスミっていうんだけど、なにちゃん?


在り来たりすぎて、自分で苦笑い。どうやら「生きた年数=(イコール)知恵の蓄積」という上手い具合には成ってないようだ。


あ、私はカホっていいます。


素直ないい子で、こっちが合わせてもらってるみたい。ありがとう。ごめんよ。


カホちゃんは、これからどっか行くの?それともお出掛けの帰りだった?

これからライブに行くところなんです。何ヵ月も前からすっごく楽しみにしてて。昨日は眠れなかったくらい。

えー、私もライブに来たんだよ。楽しみが明日に待ってると眠れないよねー。

え、アスミさんも!?

うん、良く寝不足してる。でも、全然元気なんだよね。むしろ、いつもより調子いいもんね。

分かります。私も朝からテンション高くて。


カホちゃんの顔は、みるみる内に明るくなっていった。やっぱ、好きなことってすごいよなー。好きに勝るものなし。カホちゃんの顔からは、寂しさは一滴残らず消え去った。


そして驚くべきことに、私たちが行くライブは同じものだった。このサプライズには、二人ともめちゃくちゃ盛り上がった。彼らのここがいいとか、あそこがカッコイイとか。好きなとこ言い合ったり、二人とも必死に熱弁した。


程なくして、カホちゃんのお父さんから折り返し電話があり、父娘は無事再会を果たすこととなる。息を切らせて走ってきたお父さんに、「お姉ちゃんともっとお話ししたかったのに」とカホちゃんは強がってみせた。安心した顔を見せたお父さんは、ごめんねと素直に謝っていた。仲良しな父娘なんだなと、微笑ましかった。


せっかくだから、ライブにも一緒に行こうということになり。それまでの時間、私たちは喫茶店で話の続きをすることにした。カホちゃんの「もっと話していたかった」という台詞は本音だったらしく、私をとても喜ばせた。カホちゃんのお父さんも、久しぶりに走ったものだから喉がカラカラらしく、喫茶店は都合がいいと。娘と一緒に待っててくれたお礼に、好きなもの頼んでと私にメニューを渡してくれる。お言葉に甘えて、お洒落なハーブティーを注文させてもらった。


二人のマシンガントークは止まらない。お父さんの入る隙はなく、完全に女子会のノリだ。さすがに悪い気がしてきて、そっとお父さんにも話を振ると、そもそも俺の影響でカホは興味を持ったんだ。と、今までの会話を楽しんできいていたと言ってくれた。いい人だなー。


そこからは三人で、如何に彼らが素晴らしいかを永遠に語り合う。三人が三人共、かなり熱を帯びて話しをした。あっという間にライブの時間が迫ると、慌てて喫茶店を飛び出した。ライブ会場まで早足に、話の続きを早口で、三人は終始笑顔だった。



夢のような時間は、終わると一瞬の出来事のように思えるから不思議だ。私は満足な顔に、少しの寂しさを混ぜていた。そんな私の気持ちを察したのか、カホちゃんが


アスミさん、この後少し時間ある?


ときいてきてくれた。終電までなら全然大丈夫と答えた私は、ちゃんと笑顔に戻っていたのかな。でもカホちゃんの次の言葉に、私の顔は固まってしまう。


楽屋に行こう。


カホちゃんの言葉が、すぐには理解できない。どゆこと!?楽屋!?なんで!?楽屋は関係者以外立入禁止なのでは!?


内緒にしててごめんね。実は私、姪っ子なの。身内なのにこんなファンとか恥ずかしくて言い出せなかった。

え?

ごめんね。怒った?

んーん。いやー、えっとー、姪っ子!?

うん。ごめんね。

いやいや、怒ってないよ。パニックだよ、パニック。

いこ。紹介するね。


カホちゃんとお父さんは、私たちのヒーローととても仲良く話していた。身内なんだから当たり前だけど、当たり前のその光景が信じられなくて。ガチガチに緊張した私は、声が出なくなった。気を遣って私にも話を振ってくれるのだが、私がどのように返したのか記憶にない。


カホと一緒に待っててくれたんや。ありがとうね。

カホちゃん、安心したやろ?

うん、すごく。

アスミちゃん、ありがとうね。

いいえ。こちらこそ。ありがとうございます。


他にもいっぱい話したとは思うけど、もったいないことに、これだけしか覚えてない。悔しー。帰り道もボーッとして、どうやって帰ってきたか途切れ途切れの物覚え。世の中は、不思議な出来事で溢れている。私の知らない色んな顔が、まだまだたくさんあるんだ。


思いがけない顔が、これからも私を待っている。次出会うのは、どんな顔かな。





「思いがけない顔」編 完。