「サヨナラのかわりに」④ | My-Hero

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ヒーローに憧れた夢。

真夜中の町に降り立ち、夜明けを迎えた。太陽を大きく見上げ、今、また帰っていくのを見送ろうとしている。



彼女を呼ぶ声がした。男の声だった。乳母車を押しながら、彼女の名前を呼んでいる男が一人、向こうの方から歩いてくるのが見える。この子の、お父さんだろうか。ということは、あの男が彼女の結婚相手なのか。



こちらを向いたまま咄嗟に返事を返した彼女は、幼子を慌てて抱きかかえ、乳母車の元へと踵を返した。



数時間前の出来事が、遠い昔のことのように思える。どうやら、とても疲れたらしい。日常に戻ろうとする彼女の口元が、振り返り際に「待ってて」の形に動いた気がして、ここから動けなくなってしまった。浅葱色したベンチから、雲の赤く染まった空を、さっきからずっと見上げている。



見間違い、だったのかなあ。そもそも、あれは本当に彼女だったのだろうか。都合良く家族の散歩に出会すなんてことが、果たして本当に有り得るのか。あるいは俺の願望が見せた、只の幻だったのかもしれない。



身体中を震撼させた光景が、現実のものだったのか否か、どんどん自信が侵されていく。それと同時に、自分自身への自信もますます揺らいでいく。今日この町で、夜まで迎えてしまったら、自分が無くなってしまうような気がして何だか恐くなる。根拠はないが、そんな気がする。



いい加減、もう諦めなきゃな。彼女の幸せな姿だけでも見れて、満足じゃないか。そう呟く自分が居る。ずっと想ってきたのに、このまま何もしないで帰るつもり?それで本当にいいのかよ!と責める自分も居る。



好きだった。初めて会ったときから。初めて貴方を見てから、ずっと好きだった。これだけ伝えなきゃ、俺が今まで生きてきた意味がない。彼女が俺の全てだったんだ。



言って何になる。また彼女に、「お坊ちゃん」と笑われるだけじゃないか。またからかわれて、はいお仕舞いだ。



さっきから永遠ループの、このシーソーゲーム。止まりそうもないシーソーが、俺の心を表すように揺れ続けている。ギッタン、バッコン。無理矢理ギュッと押さえつけて、止めてくれないかな、誰か。



気が付くと、泣いていた。一体何の涙なんだ。驚きと、戸惑いと、悲しさと、悔しさと、どうしようもない感情が押さえ切れなくなると、涙となって溢れるんだ。ギッタン、バッコン。人間は脆いな。そう強がるのが精一杯だった。





また つづく。