「サヨナラのかわりに」③ | My-Hero

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ヒーローに憧れた夢。

東屋の丁度真上に陽が昇る頃、その時は何の前触れもなく突然訪れた。体中に電気を浴びたかのような衝撃で、ピリピリと胸が軋んだ。



間違いなく彼女、本人だった。その彼女は一人ではなかった。まだよちよち歩きの幼子と、手を繋いで現れたのだ。彼女の子供だろうか。彼女は結婚し、子供を授かり、着々と幸せな家庭を築いていたんだ。



馬鹿だ俺は。何の約束もしていない、何も言われてない、何も言ってない。ただ勝手に想ってただけなんだ。勝手に夢見て、勝手に信じて、勝手に絶望して、本当に呆れる程の馬鹿だ。



「私は、坊っちゃんと同じ世界では生きられないから」

そうだ、彼女から受け取った最後の言葉がこれだったじゃないか。都会生まれの、都会育ち。自然溢れるこの地に、この町のどの家よりも大きく、どの家よりも立派な豪邸を建てた。



理由が「娘の静養」にしては見た目が派手過ぎると、当時町の反感を買っていたが。今となれば何のことはない、この町がただ地味なだけだ。



お手伝いさんとお抱えシェフ専用の部屋よりも、町の一般家庭の居間の方が狭いらしい。広まる噂は、時速300キロで走る新幹線にも負けない。



ゴミの日を知らせなかったり、回覧板に加えなかったり、あからさまな町の態度がすごく恥ずかしかった。浸透している「旦那・嫁」ではなく「ご主人・奥様」と呼んでいた本心も見え透いていた。都会から来たご夫妻を、敬った訳ではないのだ。この時程、故郷を恥じたことはない。それも、もう遠い昔のことだ。



こんな町で生まれ、こんな町しか知らず育ってきた俺なんて、彼女が相手にする筈がないのに。俺は、何を甘ったれた勘違いをしていたんだ。



もう帰ろう。今暮らしてる街へ戻ろう。幸い、この地に足を踏み入れてから、まだ誰とも顔を合わせていない。今なら、来たことを誰にも知られずに、この町を去ることが出来る。逃げるようで悔しいが、実際そうなのだから仕方がない。



ずっと想い続けてきた彼女の姿を、せめて最後に自分の心に留めようと、彼女を見つめる。つい、じっと見つめてしまったのだろう。彼女が俺を振り返ったことに、気付くのが遅れた。



相当の時間を費やしたのだと思う。平静を取り戻した俺の目の前に、向こうもきょとんとした顔を見せた彼女が立っていた。綺麗。こんな時でも、俺は、まだ彼女が好きなんだ。





また つづく。