「サヨナラのかわりに」② | My-Hero

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ヒーローに憧れた夢。

記憶の空では、確かにここは只の空地だった。当時からこんなに狭かったのだろうか。新しく出現した遊具のせいか、昔の方が今より広かったように感じられる。



鼻を滑り台にした黄色い象からすれば、もはや俺の方が新参者か。キリンが漕いでる緑色したブランコも、猿が飛び交う青色のジャングルジムも、唐突に現れた新顔に最初こそ戸惑いを見せてはいたが。



伊達に子供相手の毎日を過ごしてはいない。すぐに機転を利かせ、屈託の無い愛嬌を振り撒いてくる。「一緒に遊ぼう」という有り難いお誘いを丁重に断り、空地─今や立派な公園となっている─の奥へと歩みを進めた。



開かれた空地の奥は遊歩道となっていたが、そこは現在でも変わってはいなかった。ちょっとお洒落な洋風の散歩道へと進化したくらいか。



まるで森の中をハイキングしているみたいに、幾重にも連なった木々達が沢山話しかけてくる。ここは、あの頃の雰囲気をまだ多く残している。俺は、昔からこの道が好きだった。そして、今も確かに好きだ。



「へー、こんな風になってるんだ。自然が好きとか、似合ってるよね。」

どの頃合いで手を繋ごうかと、思いを巡らせ必死だった。だか、この言葉でその思考も虚しく停止する。いつもバカにされて、はいお仕舞い。



決心を砕かれ、結局一度も手を繋ぐことはなかった。だが俺にとっては、彼女と一緒に歩いているだけで夢心地だった。世界には彼女と俺と、まるで二人きりしか存在していないかのような、不思議な錯覚を覚えた。



今思えば、俺の方は一目惚れ。しかし彼女はというと、俺のことなどこれっぽっちも眼中に無い。悲しいと言うより、悔しかった。



どうして俺は田舎者なのか。どうして俺は子供なんだ。どうして俺は、彼女より先に産まれてこなかったのか。どうして。どうして。何も出来ない、格好悪い自分が悔しかった。早く大人になりたかった。



彼女は夏休みを利用して、この地に静養しに来ただけだ。聞くところによると、生まれつき体が少し弱いらしい。夏休みが終われば、元の暮らしに帰ってしまう。



来年の夏休みには、またこの街に戻ってきてくれるだろうか。彼女はまた、俺と会ってくれるだろうか。



どこまでも子供な自分にイライラする。それでも何も出来ないことに変わりはない。彼女を好きになった分、自分のことはどんどん嫌いになっていく。



そんな青臭い自分を一人で思い出し、一人で苦笑いした。思わず周りに誰もいないことをキョロキョロと確かめる。そろそろ早起きの老人が散歩を、健康主義の若者がジョギングを始めてもおかしくない時間帯だ。



気を引き閉め、今の今まで視界に入ってこなった建物へと顔を向ける。きっと意識的に見ないようにしていただけなのだが。それでもやっぱり目と脳には新鮮だ。



何十年ぶりかの再会は驚きで意表を突かれる形となった。建物と呼ぶには余りにも小さかったからだ。二人でここに来た当時は、誰にも邪魔されない、日常と隔離された、神聖な世界という認識でいたのだが。



何てことはない、四方を吹き放された只の東屋であった。思い出とはこういうものなのか。何故かがっかりするのではなく、安心し、ほっとする自分がいた。



ここでもう一度彼女に会える。理由は定かではないが、そんな気がした。要求されても、上手く説明することは出来ない。それでも、彼女に会えるんだと思った。



今でも好きなのだと、はっきり分かった。俺は、彼女を愛していた。





また つづく。