最近、BIID(Body Integrity Identity Disorder)やBID(Body integrity dysphoria)についての言及をネット上で見るようになりました。興味がある方は直接ネットで検索してみるのがいいでしょうが、簡単にここで書いておきますと、以前は四肢切断愛(Apotemnophilia)と呼ばれていた精神障害です。四肢が切断された状態の自分が本来の自分であると思って、腕や脚を切断しようとします。

 非常に奇妙な症状なのですが、ここでは詳述はしません。人間の奇妙奇天烈な欲動を示すものとして、ネットでは、単なる「トリビア」的な情報とだけ考えているような記述が少なくないのですが、これに言及しているうちの一人がアン・ローレンスだということに意味があります。

 以前、私のブログ記事のシリーズで、ブランチャード、ベイリーに並ぶ名前として紹介していた心理学者がこのローレンスさんです。つまり、GD乃至GIDを理解しようと努めている学者たちの一人であるローレンスが、このBIDに言及することで、いったい何を言おうとしていたのか、です。

 BIDの症状を持つ人たちは、どんな必然性があってか、四肢のどれかを欠くものという自己イメージに囚われてしまい、それと現実の五体満足な自分の身体との不一致(incongruence)に悩むあまり、身体の方を自己イメージに合わせようと思うに至ります。

 もうお分かりになった方が多いでしょうが、上のパターンはGD(or GID)とそっくり重なるのです。

 しかし、非常に耳馴れない症例であるBIIDなどを持ってくるまでもありません。広く知られている「拒食症」もまったく同じパターンの疾患です。

 いわゆる拒食症は、医学的には神経性食欲不振症(anorexia nervosa)と呼ばれる摂食障害ですが、10~19歳くらいに多くてその90%が女性です。これは、当然ながら、GDの一つROGD(Rapid Onset Gender Dysphoria)の罹患者分布を思い起こさせます。

 拒食症の患者は、自分が太りすぎているという思いに囚われてしまっています。それが現実とは一致しない思いであるのを、分かっていないわけではないのですが、そのように感じてしまわざるを得ないという状態にあります。

 拒食症の人は、自己イメージについて「妄想」を抱いているわけです。精神医学において妄想は次のように定義されています。
   「a fixed, false belief which is held despite clear evidence to the contrary」
 現実にはそうでないことが明らかなのに、とりつかれてしまっていて離れない信念、といったところになるでしょうか。

 GDの場合には、自分が異性であると思い込んでしまっているのがこれに相当します。以前にも紹介したように、TRAが唱導する現在の対応はいわゆる「gender affirmative approach」というもので、患者の訴えをとにかく絶対に肯定しなければいけないことになっているのです。法律までつくって、それを押し通そうとしています。
 患者の言い分を全部受け入れないと、精神状態を悪化させるとか、自殺に結び付くとか言っているわけです。

 拒食症を対照させてみるとそうした方針がいかに途方もなく非合理的かが分かるでしょう。痩せ細って、骨と皮ばかりになっている女性に、太っているという訴えのままに脂肪吸引術を実施しようとするのが、妥当でしょうか。
 そんなことをしたら、栄養失調ですぐに死んでしまうのが必定です。

 現実には五体満足な「女性/男性」であるという「clear evidence」があるのですから、その反対を訴える声は「delusion」と言わなければなりません。
 それなのに、その声のままに何の問題もない器官を切り取ってしまおうとする――それが「sex reassignment surgery」です。
(ついでながら、通常、誕生時に分かる性別は、医者が勝手に割り振ったものなどではなく、事実そうであるのを発見するだけなので、随分おかしな訳語ではあります。そのまま訳せば「性別再割当手術」となりますが、少々角が立つからか日本では「性別適合手術」が正式名称になっています。ポツダム宣言受諾のときに「subject to」を「制限の下」と訳した伝統が生きているような、ある意味で欺瞞的な名称ではあります)

 誤解のないように言っておきますと、同じGDと呼ばれても、成人のそれと弱年者のそれは違うでしょう。成人の場合でも、AGPタイプのそれもあればホモセクシュアル・タイプのそれもあります。それぞれに話は違ってきます。(また、TGということになると、GDにはまったく該当しない人も少なくないという面倒な話にもなってきます)

 基本的には、大人がすることは本人の勝手です。あとになって悔む人もいるかもしれませんが、手術することで「live happily ever after」の人だっていることでしょう。短期的な「その後」と長期的な「その後」との別もあるかもしれませんが。
 ベイリーもブランチャードもそういうことを言っています。ただ、取り返しのつかないことなので、よくよく情報を集め、熟慮を重ね、(ジェンダー・クリニックではない)専門家とよく相談してから決定するのがいいとつけ加えています。