私はこれまでリベラルを自称したことはありませんし、左翼を名乗ったこともありません。ただ、現在のところ、結果としては所謂左翼の人たちと考え方が同じになっている点がいくつもあるようです。
 その自分の考え方については、できるだけ一貫性のあるものにしていこうと思っているばかりです。党派に忠実になる必要はなくても、自分自身に対しては誠実でありたいと考えています。

 「検閲」には、私は反対です。これは、本来的に思想表現の種類や性格によって変えてしまってはいけないものです。くだいて言えば、この本は検閲してもよし、この本はだめ、というような区別をつけるものではないということです。これは、私ひとりの理解ではなく、検閲に反対する人たちの中で共有されている考え方だと思います。というのは、「よし」と「だめ」の区別を誰がつけるのか、誰にその資格があるのかを問うとき、肯定的な答えなど出ようがないからです。

(烏丸さんは、例の裁判に対して「プロ」が議論を戦わせているときに「素人」に口出しする余地などないと書いていました。リベラルを自称する者が表明するような見解では、とうていありません。そういうところに、烏丸さんの本質が露呈しているのかもしれないですね)

 烏丸さんは、アビゲイル・シュライアーさんの本に対して、出版を禁止するにふさわしい本だと言う見解を示されました。私がつけたツイートは、揶揄したりしたものではなくて、真剣に問題視してのものです。リベラルを自称する人間が言っていいような見解ではないでしょう。

 お読みになっているのだから把握されていると思いますが、ホール博士は「自分はトランジションのすべてを否定する者ではない」という意味のことを書いています。これは、アビゲイルさんも同様です。
 ブランチャード/ベイリーも、トランジションが最適解であるような人もいない訳ではないという主旨のことを書いています。すべての人のトランジションを否定してはいないという考え方です。

 デブラ・ソーも同様の見解を(もしかしたらさらに強く)述べています。
 要するに、彼らの言っているのは、トランジションする必要のない人たちが介入を受けているのは問題だということです。社会的な移行についても言えるのですが、特にホルモンや手術を経験した人たちに、逆行不可能な変化があったのは明白です。それを可能な限り防ぎたいというのが、上述の人たちの言い分なのです。

 そこで、アビゲイルさんの本です。
 あの本は、トランジションした後にそれを後悔している人たちを(探しだし)実際に会うなどして、その具体的な事情を明らかにしたものです。

 烏丸さんにとって、人間は身体をもった具体的な存在ではなく、ただの数字に過ぎないのではないかと、私は疑います。どんな被害も、膨大な数字を立証しない限り、ただの「逸話」に過ぎないとしているからです。私の受け取り方は間違っていますか?
 

失敗や後悔の事例をいくつ定量的にかき集めたところで、それが「治療を受けたトランスジェンダー全般に対する調査」でなければ、統計として意味のあるものにはなりません。
よって、ホール博士やシュライアーがノヴェラとゴルスキーを論破するためには、以下の二つの方法しか残されていません。
 
①統計調査そのものがウソや改竄されたものであると客観的に証明する。
②別途独自の統計を取り、数値が誤っていることを立証する。


 あなたにとっては「論破」が問題なのですか。
 呆れてしまって、開いた口がふさがりません。

 まったく話が逆なのに気がつきもしていないのですね。

 一冊の本を抹殺しようとした人たちがいるというのが事実なのです。
 逆に、その人たちが「立証」しなければならないのは、アビゲイルさんが取り上げた「逸話」の一つ一つを検証して、それが事実と異っているということです。
 事実を事実として伝えるレポートを「出版停止」がふさわしいとする検閲肯定派の「リベラル」というのはいったい何ものなのでしょう?

 当たり前に考えることができませんか?
 トランスジェンダーの人たちの多数派は、医療的介入を受けていない層でしょう。ホルモン投与も手術も、まったく念頭においてない人もいるでしょうし、迷っている人もいるでしょう。
 この人たちに対してできることは何か。
 正確な情報を提供して、彼らの判断を補助することです。

 宝くじの確率は、「当たる」と「外れる」の二つのうちの一つが結果だから、2分の1だ、というようなトンデモの話ではありません。烏丸さんにとってはただの数字に過ぎない人も現実の存在で、自分の乳房やペニスを失うか失わないかは、真剣に考えなければいけないことです。
 少しでも多く正確な情報がほしいのは当たり前のこと。そのうちの一つが、アビゲイルさんの本であったり、Helen Joyce氏の『Trans』であったりしているのが現在なんです。
 その情報を、当事者から遮断してしまおうというのが、どうしたら正しい行為になるのか、私にはさっぱり分かりません。

 ここでは、数の大小による「論破」なんて問題にもなりません。
 正しい情報が一つでも余計にあるのは、歓迎すべきことであって、「知らしむべからず」のことなどではないでしょう。

 リツイートしておきましたが、特に反応がないので(ご自分でさらに情報収集を進めた様子もみられないので)ここに書いておきます。
 約22000の例というのは、アンケートの回答者数ではありません。実際にあったのは、執刀を行っているお医者さんたち46人への問い合わせです。私の把握している限りでは、2016年と2017年に行なわれた手術について2018年にまとめた数字です。

 46人の医者が2年間に22000ですよ。びっくりするような数字です。
 蓋然性の話になりますが、これだけの数の手術がどのくらい「慎重に」実施されたのかは疑問をもってしまいます。

 もちろん、それは私のような一民間人に過ぎない者だから書けることで、デブラ・ソーなどは紹介した数字については特に云々せず、ただ、今後detransitionerが増加していく可能性を述べるにとどめています。

 手術についてだけでも日本円で数百億になるという市場です。そこに関わる利害関係者の言葉を鵜呑みにしない方がいいというのは、まったく常識的な反応ではありませんか。
 私の方から指摘したミドリ十字の問題を取り上げて、私に説教するような書きぶりをする烏丸さんの感覚には驚くのみでした。問題にしたのは「利害関係のある権威者」ですよ。その人たちがウソばかりを言うとは書きませんでした。そのまま鵜呑みにしてはダメだろうと書いたのです。
 どうも、しっかり理解されているようには思えません。

 断言はできなくても、蓋然性に基づいた状況証拠というものはあります。
 もし、アビゲイルさんの明らかにしたような事実が、全体として殆ど意味をなさないようなものだとしたら、なぜその出版を妨害しようとしたのでしょう。そういうことをしようとする人たちを頭から肯定してしまう烏丸さんの判断は、党派性に毒されているとしか解釈のしようがありません。

もちろん、これらは「基準」であり、すべての医師が医療のあらゆる面で標準的な治療を完璧に守るわけではありません。

 前回も書きましたが、実に大したものです。「こういうことになっている筈」だと主張して、実際のところについては「私たちの管轄外。知ったことじゃない」と言っているのですよ。
 1時間の問診を1回受けただけで、ホルモンを処方してもらえた、というような話はいくらでもあります。
 我々は慎重にやっているのだから、シュライアーの言い分などトンデモない、とかとかの弁明は私にはとうていまともにうけとめられないのです。