戦闘速度でこんにちは -4ページ目

戦闘速度でこんにちは

日々のできごと。
映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、漫画、小説。
あとボカロとか。
楽しかったことだけ(笑)。

※書きたいところだけ2の続き

大丈夫だ、という意味だと思う。
この局面においての『大丈夫』についての解釈は、おそらく彼の笑顔を受け止めた人々それぞれの立場により異なる。

大勢のチームメイトに対しては『任せろ』。特殊なチームメイト、特に彼の病気のことを知るOBの先輩達に対しては『闘えます』。
彼の身体の状態を知った上で、空手の試合を初めて観たわたしに対しては『心配するな』。

受け止め方は違うが、笑顔の発信者としては『後がないからってビビってんじゃねえよ多少のハンデはあっても自分は勝つし怪我もしないしチームも負けないから応援よろしく(お願いします)』というようなことを言いたいだけなのだ。

「チームが負けそうなのに笑っているなんて真剣さが足りない」と、ある強面のOBが言った。この人はまた違った受け止め方をしたのだろう。すると、わたしの隣にいたOBがその言葉を否定した。先程の次鋒の反則負けを解説してくれた人だ。
「アイツの絶対の自信ですよ。逞しくなったじゃないですか」
「確かにな」ふっ、と強面が少しだけ柔らかい顔になった。「まあアイツ以外にこの状況をひっくり返すことができるようなヤツもいないし、な」

中堅を務める彼のチーム内での評価は、わたしが想像していたよりも遙かに高いことを知った。一年生は彼の公式戦を観たことがなかったせいか彼の実力に半信半疑だったが、それでも一回戦の秒殺劇を見せられてから認識を改めたようだった。「見せられた」というよりも「魅せられた」と言ったほうが正しい。

でも、わたしの知っている彼は。
穏やかで、泣き虫で、いつでもボンヤリとしていて。気に入った歌があるとピアノを弾いて、寂しそうに笑って。
彼女のことが好きで。

「始まったよ」ボーッとしていたらしい。彼のことを弁護したOBがわたしに声をかけてきた。「早く応援しないとアイツの試合すぐに終わっちゃうぜ」
そうですね、とわたしは答えた。
しかし。

追う立場、というのは相手の出方次第で戦略が限定されてくる。
勝たなければいけない彼が、自分の射程距離まで間合いを詰める。相手は下がる。彼が大きく間合いを詰める。相手はカウンターの動作に入るが格好だけで、また間合いを開ける。
それを追うように彼が左右の連撃を仕掛けると払いで躱す。
「そうきたか」OBさんが言った。「てっきりカウンターを狙ってくるもんだと思ってたが、どうやらガチンコでやり合う気がないらしいな」

白星が2つ先行している相手チームとしては、以降の試合で「勝てない」と判断した組み合わせの場合には、勝ちに行く必要がない。すなわち、わざわざ黒星を作りにいくような真似はしない、ということなのだろうか。
引き分け狙い。
チームの勝ちを優先するなら戦略上はそういう方法も有りだ、という気はする。「負けるくらいなら引き分けろ」と指示された本人がそれで納得するかどうかはまた別の話だ。個人の意思が尊重されない局面もある。

彼も自分の間合いが作れないのだろうか、膠着状態が続き、一旦「止め」がかかった。主審が双方に「注意」を出す。
柔道で言うところの『教育的指導』のようなものだろう。果敢に攻めなければペナルティ、というルールが空手にもあるのか。
相手はともかく、彼は攻めていたではないか。こちらの応援席からブーイングが起こる。
開始線に戻った彼が、相手から視線を外すことなくゆっくりと右手を高く上げ、掌をこちらに突き出す仕草をした。ブーイングを止めろ、という意味だ。
応援席の全員が黙った。

静まり返った会場に「始め!」と号令がかかる。
一瞬、瞬きほどの一瞬だった。
号令と同時に、たった一歩のステップで相手の目の前まで飛び出した彼が、腕を折り畳んだまま左拳を相手の胸元へとぶつけた。ほとんど体当たりに近い。その衝撃で自らの意思とは無関係にバランスを崩しながらよたよたと下がる相手に、低い姿勢でさらに一歩踏み込み至近距離から右拳の中段逆突きを放つ。相手の身体がくの字に曲がり腰が浮いた。
その瞬間を彼は見逃さない。
後ろにあった右足で廻し蹴りをするように相手の両足を刈った。相手の身体が肩を軸にしてぐるんと回り、仰向けで空を飛んでいるように宙を舞う。そのままバク転を失敗した時のような格好で背中から落ちた。待ってましたと言わんばかりに落ちてきた相手の顔面にトドメの下突きを打ち込む。もちろん最後の一発は寸止めだった。

「文句ねぇな」こりゃ見事だわ、とOBさんが感嘆の息を漏らした。「でも応援くらいさせろや」
言われてみれば、彼の名を叫ぶ暇すらなかった。
応援席が一斉に活気を取り戻す。
歓声が会場を覆い尽くした。
また、音が遅れてきた。

一本。
2ポイントだ。
いや今のは4ポイントくらいもらってもいいのではないか、と彼の後輩が興奮して騒いでいたが、そんなルールはないし恥ずかしいから止めろと上級生から叱られていた。

転倒したときにどこか打ったのだろうか、相手が復活するのに結構な時間が必要だった。
両者が開始線に立つ。
彼は相手を睨みつけて笑みを浮かべている。今にも飛びかかりそうな勢いだ。
開始の合図がかかった途端、相手は素早く後ろに下がった。ところが彼はその場で静かにステップを踏んでいた。
「相手はもうダメだな」OBさんが言った。「気配に飲まれてる」
彼が大きく前に踏み込んだ。相手の技が当たる距離だ。相手が雄叫びをあげながら飛び込み突きを出してきた。
そして技が届く前にまた宙を舞うように転倒した。
踏み込んできた前足を、彼が下がり際に刈ったのだ。
相手は床を転がり立ち上がった。その瞬間を狙って、彼が鋭いコンビネーションを打つ。
また相手が転倒した。
下がる時に浮いた足を刈られたのだ。
相手がまた立ち上がり、トドメを刺そうと近づいた彼に慌てて連続の突きを放ったが、足元がおぼつかずにまた転倒した。彼から離れるように床を転がる。
「止め」審判が試合を止めた。転がった先が場外だったからだ。相手は立ち上がったが、肩で息をしていた。空手の技によるダメージはほとんどないだろう。おそらく、繰り返した転倒による疲弊だ。開始線に戻っても呼吸が落ち着かない様子だ。審判が相手に近づいた。
何か話しかけるが、彼を睨んだまま何も答えない。

泣きたいのを堪えているように見えた。

引き分けるつもりが彼の技を受けきれず、無様に転がされポイントを取られ、彼が守りに転じると「これが守りの見本です」と言われているかのように何度も地べたを舐めさせられた。
まともに闘うな、と指示されたかもしれない。でも自分が今までしてきた辛い練習は一体何だったのだ。
わたしが相手の立場なら、やはり自分の思うように闘いたいと願うだろう。

彼を見た。
彼も、相手を睨み返していた。
先程までとは雰囲気が違う。
彼は、闘いたいのだ。
ちゃんと互いに全力を出し合い闘って勝ちたいのだ。

「意外に性格悪いなアイツ」強面さんが苛立っている。「とっとと決めちまえよ。格下相手に遊んでる場合か」
「違うよな」となりのOBさんが呟くようにわたしに言った。わたしはコートにいる彼を見たまま黙って頷いた。

試合が再開される。
審判の合図とともに二人が構える。彼が大きな声を出した。ほとんどの人が雄叫びの類と思ったかもしれない。
でも、確かに
「来い!」
と言った。
相手も雄叫びを上げ、構え直した。
「応!」
そう答えたのかもしれない。

互いの間合いが近づく。
先に仕掛けたのは相手だった。
左拳とステップのフェイクから繰り出したのは、突進力とキレのある上段ワンツーだった。空気を切り裂く音が聞こえるような気がする。
カウンターを合わせようとした彼が、躊躇したのか少しだけ下がった。右手で初弾を落とし、左足を引いて体を開き変えながら左手で次弾を落とす。左の上段がガラ空きになった。
相手はすでに右上段廻し蹴りのモーションに入っていた。ワンツーに続けて、弓のようにしなる渾身の廻し蹴り。並々ならぬ努力と研鑽によって培われたコンビネーションだということが素人目にもわかった。
だが彼は退かなかった。
無防備だった左顔面の横に、彼は自分の右拳を構えていた。そのまま後ろ足で地面を蹴って前へと踏み込み、左腕を擦り上げて廻し蹴りをガードしつつ相手の右頬に裏拳を放つ。
攻防一体のカウンターだ。
何かが弾けるような乾いた音がした。相手は体を後ろに反らしながら彼の裏拳を寸前のところでガードしていた。
彼がバックステップで間合いを切る。
相手はまだ態勢を立て直すことができていない。
彼が攻勢に転じる。
即座に踏み込んで間合いを潰すと、矢のような左の上段突きを撃つ。相手が退がる。それを追いかけるようにさらに潜り込んで右の中段逆突きを撃ち込んだ。相手の意識が上段から中段へと移り、ガードが下がった。その時には彼の右脚は蹴りのモーションに入っていた。
同じ技?
いや、違う!
相手が先程放った蹴りは、彼の左半身を狙った外廻し蹴りだったが、彼の蹴りは相手の右半身を狙っている。内廻し蹴り、あるいは裏廻し蹴りだ。
相手が退がりながら右上段をガードするように両腕を上げた。
その時。
彼の右脚の、膝から先がくるんと綺麗な弧を描いた。内廻しから外廻しへと軌道を変化させた蹴りが、相手の無防備な左頬に吸い込まれていく。
そして。
乾いた音が会場に響いた。
副審が一斉に旗を上げるのと同時に、主審が試合を止めた。

「よっしゃあっ!」OBさんが叫んで立ち上がった。
上段蹴り一本。
4ー0で彼の勝ちだ。
わたしは知らないうちに両手を握り締めていた。ひらいた掌に汗が滲んでいる。

主審が彼の勝ちを宣言した。
拍手のなか、ふたりは一礼してコートを後にした。
相手が自分のチームメイト達から背中を叩かれていた。
きっと、健闘を讃えられているのだ。
そう思う。

「相手も実力出せて本望だったろうな」OBさんが言った。それにしても清々しい試合になったよなあ、と相手も含めて褒めた。
「最後、すごかったですよね」とわたしが言うと、
「君の彼氏のほうがすごいじゃないか。相手に全力を出させて勝ったんだぜ? 」とOBさんは茶化すように笑った。

わたしは頷いた。
彼を褒めてもらったことが嬉しかった。
その後で、言った。
「でもわたしは違うんです」遠くにいる彼に視線を移した。彼だってそんなふうに思っていないと考えたら何故か複雑な気持ちになった。
「わたしは…彼女じゃないです」

彼女じゃない。
その言葉を心の中で繰り返した。




あるいは続く