戦闘速度でこんにちは -2ページ目

戦闘速度でこんにちは

日々のできごと。
映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、漫画、小説。
あとボカロとか。
楽しかったことだけ(笑)。

※書きたいところだけ4の続き

試合を観ていて気付いたのだが、彼の闘い方は明らかに先鋒向きだと思う。自分から果敢に攻め、華麗な技で相手を仕留める。相手の出方を伺うような、いわゆる「カウンター狙い」というスタイルではない。
となりのOBさんは「観ていて気持ちいい」と表現したが、それこそ先鋒が期待されている役割ではないのか。
チームに勢いをつける勝ち方。
彼はどうして中堅なのか、と訊くと、
「レベルが突出しているから」
なのだそうだ。

毎年、どこのチームにも「エース」と呼ばれる選手は存在する。その他の選手は取るに足らないのかと言われるとそれは違う。おそらく、甲乙付け難い実力の持ち主であるはずだ。
それでは、エースとレギュラーの差は何なのだろう。

「絶対に勝てる」それがエースの条件だ、とOBさんは言った。「負けない、じゃダメなんだ」

何となくニュアンスは理解できる。
彼が先鋒だとチームは勢いに乗れるかもしれない。ただ、次鋒戦以降が消沈する可能性がある、ということなのだろう。実際、彼以外のチームメイトの試合は辛勝のイメージがある。ストッパーという雰囲気ではないかもしれない。

「そう言った意味じゃ、アイツは超エース級だぜ」
何もそこまで褒めなくても、と思ったのが顔に出たのだろう。OBさんは「そのうちわかるよ」と笑った。

中堅戦で彼が派手に勝利したのが幸いしたのか、副将戦と大将戦も制し、チームは逆転勝利。
続く3回戦も5ー0で勝利した。

「みんな調子が上がってきたのはいいけど」エンジンかかるの遅えんだよハラハラさせやがって、とOBさんが言った。

次の試合まで時間があるので、昼食をとることにしたようだ。OBさん達は外食に行くようだが、選手や学生たちは午後の試合のためのアップの時間も取らなければならないので、館内の控え室や観客席で食事をとるということだった。

試合後のミーティングが終わり、選手たちが会場から出てきてOBの一団に挨拶をした。本当に「押忍」というので不思議な感じがする。
余談だが「押忍」には活用形があるようだ。語尾を尻上がりに言うと疑問形、茶化されたときなどは伸ばして語尾を上げる。レクチャーを受けているときは勢いよく短めに言う。
ひょっとしたら先輩達への意思表示は全て「押忍」だけで賄えるのではないだろうか。すごい文化だ。

後輩達が選手に駆け寄り、空手道部の備品と思われるタオルやらテーピングやらを渡す。「押忍、失礼します」と言っては頭を下げながらタオルを差し出す後輩達はまるで選手の付き人のようにも見えたがそれは本当にその通りで、後輩達にはそれぞれ自分の担当する選手がいるようだ。彼の担当は女子部員だった。彼が礼を言いながら淡いピンク色の綺麗なタオルを受け取るのを見て、わたしは自分の手に持っていたタオルをバッグにそっとしまった。

OBさんが彼の名前を呼んだ。彼が「押忍」と歯切れよく返事をしてこちらを見たので、わたしは彼に手を振った。
彼が笑顔になる。試合の前とはまた違った屈託のない笑顔だった。
先ほど渡されたタオルを使うことなく女子部員へ返すと、こちらに駆け寄ってくる。

「調子は戻ってきたか?」笑いながらOBさんが問いかける。「まだちょっとぎこちないみたいだが」
「久しぶりの公式戦で少し緊張してるだけだと思います」と彼も笑いながら答えた。「でもだいぶカンが戻ってきました」
「そうか。ところで」親指でわたしを指差して言った。「みんなでメシ行くんだが彼女も一緒に連れて行っていいか?」
「押忍?」
疑問形の押忍だった。彼が困ったような表情でわたしを見る。
突然だったのでわたしも驚いた。

「ダメです」

と言ってもらいたかったのだが、わたしがOBさん達との食事を断ったところで彼と一緒にいられるわけではなさそうだ。
正直、彼の体調も心配だし近くにいたほうがいいのではないかと思うのだが、必要以上に気を遣わせるのも良くないような気もするし、何より試合中のため選手や後輩達とのコミュニケーションも大事だ。かわいらしい付き人だっているではないか。
それに、OBさんは彼と仲が良さそうだし、わたしの知らない彼の話を聞くことができるかもしれない。

「皆さんとご一緒させていただけるなら」
わたしがそう言うと、彼は少し戸惑う素振りを見せたが頷き、OBさんに「よろしくお願いします」と言った。

「行くか」OBさん達が歩き出すと同時に、その場にいた学生全員が「失礼します」と一斉に頭を下げた。彼も同じように後ろに手を組んでお辞儀をしている。しばらく歩いてから振り返ってみたが、みんな微動だにしない。
いつまでああしているのだろう、と思っていたら、OBさんが「自分達の姿が視界から消えるまでだよ」と教えてくれた。

外に出た。
鮮やかな黄金色に紅葉した街路樹が続く歩道をゆっくりと歩いて行く。
冷たい風が吹くたびに、ひらひらとたくさんの葉が舞い降りた。
木漏れ日が眩しかった。
見上げると一面の青空がそこにあった。

彼女がわたしに『ありがとう』と微笑んだ、あの日の風景に似ていた。


続くかもしれません