これが私のひどい状態の時の写真です。首に包帯を巻いてますが肌が切れて痛く、首が回らないので包帯をしていました。全身がボロボロの状態でした。
そしてこれが1年後です。
これは今までの私のアトピーの人生です。ブログに出てくる商品や成分が全て同じような結果にはならないと思っています。
ですが、その時の苦しい思いや周りから受けた支え、感謝の思いは誰にでも分かち合えるものではないかと思います。
そして私もまだまだアトピーです。だからこそこのブログでひとつの経験として今まで試してきた事や療法などを語れればと思い書く事にしました。またおこがましいですが多くのアトピーで苦しんでいる人達に少しでも希望になればと思っています。
このブログを通して、自分の体がどう変化し、改善に向かって行くかを出来る限りレポートしていきたいと思います。
【ブラピカのアトピー史】
私がアトピーになったのは幼い頃、いや生まれた時からか、気づいた頃には全身に湿疹があって、掻きむしっていた記憶がある。
地元の医者に通い、小さい頃から薬をつけていた。
その薬はステロイドといって魔法の薬だった。
塗れば次の日には傷口が塞がり痒みがおさまる。
でもやめるとまた痒くなり掻きむしり、また魔法の薬を使い治す。
これは19歳になる頃まで続いていた。この頃になると薬の種類は増え、頭皮には薄めたステロイド、上半身、下半身と薬が分かれていた。身なりを気にしだした青春時代、以前とは違い毎日この魔法の薬をつけていた。傷口にならないように、痒くならないようにと。
そんなある日、魔法の薬を塗っても傷口や痒みがおさまらなくなってきて、ちょっと引っ掻いただけでも危ない虫に刺されたかの様に皮膚が腫れてしまい痒みも更に増してきた。
これはいつもと違う・・・
急いでかかりつけの病院に駆け込む。
医者から一言
「薬をバージョンアップしようか?」(笑顔)
私はこの瞬間に、この病気が治らないものだと確信した。
それまではこの魔法の薬を使っていれば治るとずっと信じ続けていた。
治らないとわかった事で、これからの将来に絶望した。
自分の好きな事も出来ない。
体を見られたくないからと女性と付き合う事もしてこなかった。
いつか治ったらという希望が見事に崩れ去ってしまった瞬間だった。
それと共に今まで信じていて疑わなかった、ステロイドの副作用も現実を目の前にして初めて信じる事となった。
落ち込み、自暴自棄に入る。
これから何をやるにしても痒みと掻き傷で外にも出られなくなるのではないだろうか。
薬を塗りたくない、だったらこのまま死ぬべきだろうか。という考えを毎日の様にしていた。
そんな自分を見かねたのか母が心配し話を聞いてくれ、心の底から励ましてくれた。
そして
死ぬ前に出来る事があるのではないだろうか?
このまま何もせずにいたら後悔してしまうだけではないだろうか?
そう思い直し、それからこの病気について調べることにし、良いと言われるものには自分の目で確かめる事にした。
でも絶対にこれからは「ステロイドを使わない」という事を決め、例え治ったと言われる病院や治療法でも少しでもステロイドという言葉を聞いた瞬間に「使いません」と答えた。
ある医者には
「そんな事を言ってるから治らないんだよ、絶対に使いなさい!」
と怒られ、帰りに薬を渡されたが、病院の前で投げ捨てて帰ったこともあった。
お茶、化粧水、健康食品と試せる物は試す、但しうちは貧乏だったのでバイトをしてお金を家に入れなければならず、遠征して温泉治療などは出来なかった。
そんな中、母からアトピーを治した人がエステサロンをしているのでそこを見に行かないかと。私は会ってみたいと思い早速エステサロンに電話をし予約を取った。
小さなエステサロン、出てきたのは小柄で肌の綺麗な女性だった。
その女性も昔はアトピーで苦しみ、何とか出来ないかと色々探し歩いた結果、プラセンタに出会い、数年かけて回復したと。見た感じではとてもアトピーには見えない。
今でこそプラセンタはドラッグストアに行けば普通に売っているが、当時(1997年頃)は名前すら聞いた事もなく、知名度もなかった。しかも1本(1L)で12,000円!聞いた事もない成分の飲み物、怪しい・・・と思いながらも話を聞いてみる。
ステロイドを使い過ぎて、自身の副腎の機能が低下してしまい、本来の力が出せなない事。
プラセンタを飲み、その本来の力を取り戻す為に、取り込んでいたステロイドを排出(皮膚から)しなければならない事。
離脱症状(好転反応)が出て今よりも更にひどくなる事。
聞いたこともないプラセンタ。
治るかどうかもわからない。
そして費用もかかる・・・。
でも試してみたい。。。どこかでそう思っていた。
そして昔の写真を見せてもらい、またこの病気の辛さや苦しみをわかる人だという事を話聴きながら感じていた。そしてこの人には嘘をついている様には思えなかった。
よし
信じてみよう!
やってみよう!
どうせ今までしてきたことでは治らなかったのだから。
費用は結構かかるが、そこも素直に話をし分割での支払いに応じてくれた。
そして絶対に治すと決めプラセンタを飲み始める。
飲み始めてから言われていた離脱症状(好転反応)が始まってきた。
今となっては好転反応について様々書かれているけど、私も同じく今までにない痒みと掻き傷になり、首が回らなくなってしまった。
バイト先には話をしていたものの、あまりのひどさに「交通事故に遭ったの?」と聞かれた事もあった。それぐらい顔はぐちゃぐちゃになり、朝起きると枕が顔から離れない時もあった。
電車に乗る時も下を向き、人の顔を見れない。そして視線を常に感じる。みんな俺を化物の様に見ているんだろうなと常に思っていた。
肌はただれ、人前構わず掻きむしり、掻いた肌からポロポロと皮が落ちる。おまけに首も回らないし、何をするにも痛い。腕の上げ下げ、座るとき、そして指先、手洗いするだけで激痛が走る。ナイフで切られたかの様な傷口がしみにしみる。
そして大好きな洋服もオシャレが出来ず、セーターは指にひっかかり着づらい。白い服はすぐに血だらけになり、洋服の上から掻いてしまうから服はボロボロに。
夜は2時から4時の間が最高に痒い。一番寝たい時間に寝れない。朝からバイトが入っていて毎日が辛かった。この時は遅刻がかなり多くなり精神的にも落ち込む。幸いバイト先に恵まれ、みんな理解をしてくれていた。それがせめてもの救いだった。
その時していたバイトは朝から夕方までがビデオ店の卸会社、夕方から夜までがコンビニのバイトをしていた。辛くても辞めるワケにはいかない。治すと決めたんだから自分も頑張らねばと思っていた。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、治る気配はない。いや益々ひどくなる。
でも、毎日進んでいるのか、治っているのか実感の無い日々。皮膚は毎日の様に掻きただれ、浸出液と血でぐしゃぐしゃになっている。
ダメなんじゃないか?
やっぱり治らないのではないか?
でもこのまま諦めたくはない、自分の好きな事をひとつでもしたい。
その思いの連続。諦めては持ち直し、諦めては絶対治すと。
それはこんな自分を支えてくれた先輩がいたお陰だった。
その人は何度も何度も挫けそうな俺に、絶対に治るといい続けてくれた。今でのその人は俺にとって大恩人である。そして、エステサロンの女性も事あるごとに連絡をくれ、状態を聞いてくれた。
そうして1年が経とうとしていた時、徐々に皮膚が回復している事に気付く。まず一番先に良くなったのが顔だった。
顔が良くなる事を一番願っていた。人前に出る事もだんだんと抵抗がなくなっていき、人の顔を見て話せる様になってきた。
そして徐々に傷口がなくなっていき、人目につく部位には掻き傷がなくなっていった。
奇跡的に1年で顔は本当に良くなった。ステロイドを使っていた年数が長い為、治るのには時間がかかると言われていた。それからも徐々に徐々に皮膚が良くなっていった。
全てがプラセンタのお陰ではないと思うが、でもアトピーを治すきかっけとなったのは間違いはない。
そんなこんなであれから16年が過ぎ今では軽いおっさんに成長。
今でも少しはアトピーはあるが、人並みに生活し、ステロイドも健康食品も美容製品も、そしてプラセンタも飲んでいない(ほんとはお金があれば飲みたいですけどね(笑))
ここまで来るのに第二次のひどい症状、実は自分のアレルギー数値が3万くらいあった事、食生活の改善など良くなってからもまだまだ戦いの日は終わる事はない。
でも、この病気になった事で今までの自分を見直す事が出来た。
何よりも人の温かさ、励ましが人間をこんなにも強くするという事を知った。
だからアトピーには感謝!
アトピーじゃなかったら人の痛み、そして人の優しさも知ることは出来なかった。
今後は最近のアトピー状況など書き足していきたいと思います。文章が下手くそで読みづらいと思いますが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
また遊びにきてください。

