旅立ち 08
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唐突に金髪の青年が立ち上がる。「水ねぇか、水。」
介抱するポーズを見せながら、そのじつ6人の大男と顔中包帯だらけの女が中に消えた民家のほうに気をとられてた男ふたりは、全くのふいを突かれて唖然とした。
(いや、この人が唐突なのはいつものことだけど。よくさっきの今で自分の欲求を満たすことばかりを考えられるもんだ。)
呆れて二人は肩をすくめた。
「ありやせんぜ。」
心なしか、青年にかけたその声は刺々しい。
「あ、そ。」
もういいよ、おまえら。なんて言って金髪の青年もひらひら手を振って追い払うようなしぐさをした後、あろうことかさっきの騒ぎがあった民家によたよたと千鳥足で歩き始める。
「あの姉ちゃんなら、水持ってるかなぁ♪」
口笛まで吹いて、何故か上機嫌だった。
その背後で、つれの男二人は顔を見合わせた。「やべぇ。この人完ぺき泥酔してる…」「どうするよ、おい。」
なんてボソボソ相談しあってるうちに、肝心の青年は右に左とよたつきながらもどんどん民家に近づいていく。
「ちょっ、副船長待ってくださいよぉ。」
仕方なく、二人もまた、青年の後を急いで追った。
男二人が追いついた頃、ちょうど青年は民家の表戸に手をかけたところだった。
「おっじゃましま~す♪」
なんてあくまでその声は陽気だ。中には誰もいなかった。キョロキョロ見回すと、部屋の2階に通じる階段を挟んだ、その奥の扉からかすかに話し声が漏れてくる。
「今日の昼間、俺達の連れの男をおまえら殺っちまっただろう?」「お前の仲間はどこだ?手を下した男のほうだよ。」
なんて矢継ぎ早に複数の男達が話している。話しかけている相手はきっと、顔に包帯を巻いたあの女だろう。続いて、その女のものと思しき声が聞こえてきた。
「居ません、連れなんて。殺したのは私です。」
その声は震えていたが、きっぱりと言い放ったその言葉にはとても強い意志があった。その仲間というのを庇っているのだろうか。
扉の向こうで、大男達の酒焼けしたガラガラ声が豪快に笑い飛ばす。
「てめぇみたいな細っこい女があいつを殺れるもんか。」「いくらなんでも、やつもそこまでもうろくはしてなかったぜぇ。」
続いて中で花瓶か何かを激しく割る音が聞こえてきて、女は悲鳴をあげた。
「言うならもっとマシな嘘をつきな!言わねぇと、その包帯だらけの顔をさらにえぐるぞ!!」
ドスをきかせて大男の一人が言う。
その声色から大男達がハッタリを言ってるんじゃないと、金髪の青年にはわかった。わかったが…
(見ず知らずの女を助ける必要があるのか?)
自分に問いかけ、首を傾げて考える。すぐに結論は出た。…答えはNOだ。
それより喉が渇いてしょうがない。この隙に…と部屋の中を水がめを探して物色しはじめた。
「いくら訊ねられても答えようがありません。お連れの方を殺したのは私ですから。」
憎く思われるなら、ひとおもいにどうか私を殺して下さい。女は静かにそう宣言した。
そんな言葉を漏れ聞いて、青年は足を止める。気丈な女だな。庇ってるのは恋人なのだろうが、それにしたってなかなかできることじゃない。
一瞬扉の向こうが静まりかえる。その後大男達の下卑た偲び笑いが漏れ聞こえてきた。
「もちろん殺してやるよ」「だが、その前に俺達を十分癒してもらってからだなぁ」「そうだよなぁ。顔は包帯だらけだが、体には張りがありそうだ」
布袋被って股を開きな。と、そんな聞くに堪えないことを言う。その異様な雰囲気から、ただ女を脅す為のハッタリでは無いのだろう。
息を潜めて聞いていた青年は短く舌を鳴らして眉をひそめた。表向きは仲間を殺された報復だが、こいつら露ほども悲しいとは思っていやがらねぇ。ただ憂さ晴らしに酔った勢いで喧嘩しに来たら思ったよりずっと小柄で弱々しい女が一人出てきた。これは嬲って愉しもうという腹積もりになったらしい。
「あなたたち…」
女も、大男達のその本音にようやく気づいたらしい。怒りに震えた声を発した。だが、彼女には状況を打破する手段は何もないだろう。
「ふ、副船長…」
後ろから追いついてきた手下二人が小声で自分に話しかけるのを人指し指を口に当てて制して、青年は話し声のするほうに向き直る。
ほどなくして、布切れを引き裂くような音と、暴れる音と、女の叫び声と。耳を覆いたくなるような音が部屋中に鳴り響く。
「やめて…!殺すならそれだけにして!」
リリアナは泣きながらそう叫んだ。本当は死ぬのももちろん嫌だ。もうすぐずっと待ち焦がれた恋人が帰ってくるし、まだやり残したことだって沢山ある。クライズやヴァインズ様にお礼だって言ってない。けれど、昼間起こったことは自分に客を見抜く技量がなかったせいだし、そのせいでクライズに消えない罪を背負わせた。せめて、潔く男達の怒りをその身一つに受けて死のうと考えた。けれど、死ぬ前に辱められその死体を大衆に晒すかと思うと話しは別だ。いくら汚れた体でも、死ぬ時ぐらいは綺麗に死なせて欲しかった。
「お願い…」
駄目だとわかってはいても、哀願せずにはいられない。だが大男達の心にはそんな悲痛な彼女の最後のわずかな祈りさえ届かないようだった。
大男達にリリアナが四肢を抑えつけられ、もう本当に駄目だと覚悟を決め舌を噛もうとしたまさにその時、
「なぁ、お兄さん達。水持ってなーい?」
その場の緊迫した空気をいっきにぶち壊すような、間の抜けた間延びした声で一人の青年が部屋に入ってきた。
リリアナは、その独特のハニーブロンドでさっき家の外で見かけた青年だと気づく。
思わず大男達の手を振り払うのも忘れて青年を凝視し。そして…「あ。」と小さく声をあげた。
さっき外で見かけた時は遠目というのもあって気がつかなかったが。そのブロンドの青年は一瞬クライズを彷彿のさせる雰囲気を持っていた。その顔の造形の美しさ故か、その口元に浮かんだ皮肉まじりの微笑故か。いや、どれも確かに似てはいるがよくよく見れば違いは一目瞭然。本当に似ているのはきっと…
その身に纏う血の匂い…
>>09に続く