旅立ち 04 | 無料※スト重視BL小説 髑髏を掲げし者たちへ

旅立ち 04

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太陽が西の空を赤く染める頃、1台の漆黒の3頭馬車が港入り江で止まった。あいも変わらず入り江は商船、海賊船入り乱れて停泊しており、その乗り組み員達でごった返していた。

海軍以外は全て受け入れる。それがこの島、この町の独自のルールだ。海を旅する者全てにひと時の息抜きを。それがこの町を築き上げた12人の創始者達の想いでもあったから。その思念は現在も変わらず受け継がれており、入り江での揉め事はご法度だった。


「旦那様、ご指示の場所に到着致しました。」

馬車の御者台に座る初老の男が後ろを振り返って告げると、車内のドア越しに応じる声があった。


「ご苦労だった。」

深く低く染み渡るように静かに響くバリトンの声には、短い中にも威厳を含んでいる。その声の主はヴァインズだ。やがて御者(ぎょしゃ)がドアを恭(うやうや)しく開くと、彼はステッキを片手に出てきた。その頭には貴族にお決まりの宮廷かつらをまとっていたが、それもまたよく似合っていた。


ひととおり入り江を見渡すと、連れがいたらしく彼は車内に向かって声をかけ手を差し伸べた。

「おいで。着いたよ。」

エスコートしようとするそのしぐさから、連れは婦人のようらしい。中から白く細い手が伸び、ヴァインズの手にそっと添えられ、続いて出てきたのは青いドレスを纏(まと)った目も眩(くら)むような美しい女だった。


「行こう。目的のジーベックはすぐそこだ。」

足元に気をつけて。そんな言葉まで添えて彼女を優しくエスコートする主人の様子に、内心御者は驚いていた。公爵夫人の前でさえ、ついぞこんな丁寧な態度はみたことが無い。今までにも何度かこの女性との外出に同行したが、いまだ女性の身分等何も知らされてはいなかった。よほどの要人なのか、それとも主人が本気で熱を上げてる愛人なのか。御者的にはどうも後者のように思えてならなかった。彼女を見るヴァインズの優しい眼差しを見れば勘の良い者なら誰でも気がつくだろう。


「お前はここで待て。」

御者に告げ、ヴァインズは片方の腕を自らの腰に当てた。彼女が腕をとりやすくするためだ。その腕に馴れた手つきで女は腕を絡ませ、二人並んで歩き出した。


「そのドレス、相変わらずよく似合っていますよ。」

ヴァインズが目線は前に向けたまま、そっと頭だけ傾けて女の耳に囁きかけると、彼女は眉をひそめて複雑そうな顔をした。


「おまえは相変わらず悪趣味だ。」

小声でヴァインズにだけ聞こえるように囁かれたその声は、なんと。まぎれもなくクライズのものだった。

口元にうっすらと微笑を浮かべてヴァインズはとくに何も答えなかったが、あきらかにその表情は楽しげだ。


彼が言ったとおり、目的のジーベック様式の船はほどなくして見つかった。このあたりに停泊する船の中でもひときわ大きく、見事な船だった。その船首を飾る、裸体に巨大な大蛇を絡ませた女の像が印象的だ。何故だろう、その女の顔はどこか…。


「ライ。」

像に見惚れて思わず足を止めてしまった。ヴァインズに呼ばれ、クライズはようやく今の状況を思い出してハッとする。

「すまない。」

小声で謝ってヴァインズのほうに向き直った。その様子に一瞬いぶかしげな表情は浮かべたものの、とくにヴァインズは咎めなかった。二人で船に荷を積む作業をしてる荒くれ者達のほうに歩を進めて声をかけた。


「書面で来る旨を告げてたヴァインズだが。」


その一言で、油と垢まみれの顔をした男達が手を止めた。

「ああ、あんたがヴァインズの旦那か。話しは通ってやすぜ。」


男達のリーダー格らしい男がそう答え、船の中を指し示した。

「副船長が話しを聞くそうです。案内しやす。」

男が言い、積荷をほかの者に任せると、背を向け歩き出した。男は左足を少し引きずるようにして歩いた。船の上がり板の前で歩を止め、ヴァインズのほうを見た。


「そちらのご婦人もご一緒で?」


じろり。左目は義眼なのか、右目だけで男はクライズ…いや、女のほうを見た。


「そうだが。何か問題でも?」

咄嗟に、ヴァインズはクライズを背に庇うようなしぐさを見せ男に聞き返す。おそらく無意識なのだろうが、本当の女にするようなそんな態度が、クライズはもうずっと以前から面映(おもはゆ)かった。だが、今は女になりきらなくてはならない。黙ってそっと目線を下に落とすしぐさをした。それだけだ。男の格好だったら、迷いもなくヴァインズの肩を掴み逆に前に出ていたことだろう。


「いや。船に女は乗せないのが決まりなもんで。」


海の女神は愛は深く情熱的だが、そのぶん気性が激しく嫉妬深い。旅の航海に女を同伴させると必ずその怒りを買い災難に見舞われる。それが船乗り達の間で交わされてきた伝承だった。


「それは私も知っている。だが、停泊中は問題ないと聞いたことがあるが?」

頼むよ、妻なんだ。そうヴァインズは付け足した。さすがにそれには異を唱えようとしたクライズだが、ヴァインズが茶目っけたっぷりにそっとウインクを投げてきたので、何も言わず言葉を飲み込んだ。なにより、人前でうかつに喋るとその声で男だとバレれしまう。


「まぁ、いいでしょう。ではこちらへ。」

義眼の男は少し思案した後で頷く。


あらためて中に促され、ヴァインズとクライズは二人で同時ににっこりと微笑みを返した。


>>05に続く



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