22時30分、寝た。
1月2日4時、大音量の目覚ましのアラームに「なんで正月早々目覚ましなんてかけてるんだ。バカか?」と思ってしまうがすぐに我に返る。いいんだ。起きなければ。箱根に行かなければ。
最近ハマっている豆乳鍋を温め、録画していたおもしろ荘をつける。「8.6秒バズーカー」面白い。ラッスンゴレライ。今年の歌(その年に僕らの中で最も流行った歌)にしようと密かに目論む。
シャワーの前に爆弾の処理に入る。爆弾とはつまり大きい方のアレ。食事中の方申し訳。しかし処理は順調。徹底した食事管理の賜物だ。たぶん。シャワーを浴び、衣服を重ねていく。前日に雪が降ったということもあり、例年以上の寒さが予想されていた。1つのミスが生死にかかわる。下半身にパンツ、レギンス、ヒートテック、トレーニングスパッツ、黒のパンツ、靴下2枚。上はナイキのアンダー、ヒートテック、野球用アンダー、10周年記念Tシャツ、ユニクロのウルトラなんとかダウン、コロンビアのピンクのアウター、スタジャンのラインナップ。ユニクロのウルトラなんとかダウンは、アウターとしては寒いがインナーとして起用すると絶大な温かさを発揮する。投手としては鳴かず飛ばずであったが、打者に転向し覚醒したヤクルトの雄平をイメージしてもらいたい。あと、もういい年だしそろそろ落ち着いた色の服装にしようかと思い始めた2015年初春。
5時15分出発。昨晩書いた年賀状を途中ポストに投函してから今年も梅ヶ丘から電車に乗る。駅前のコンビニでサッポロビール箱根駅伝缶とパンを購入。パンは甘い白いやつでコーティングされたやつが好きなのだが、残念ながら置いてなかった。安定のメロンパンにした。
無事5時36分発の各停に乗った。するとケンチからLINEが入った。爆弾処理に手間取ってしまい、予定の電車に乗れなかったとのこと。爆弾とはつまり大きい方のアレ。食事中の方申し訳。町田合流予定のケンチは路線を変更し小田原で合流することになった。
5時47分成城学園前で急行に乗り換える。この1両目に各々の駅からメンバーが合流する。つまりここがおれたちの中継所になるわけだ。とかいって。
登戸でシゲが合流。あけましておめでとう。すると車内を見渡し
「あれ?今日人多くない?創○が出るからかな?」
朝から恐いことを放り込んでくる。こんな調子のやり取りが1日中続くが、謎の力にこの観戦記を消されたくないのでこの辺で終わりにしときます。
町田で長島さんと合流。なんと前日群馬で開催されていたニューイヤー駅伝に行っていたとのこと。恐るべし駅伝娘。ここからは小田原までノンストップで駅伝トークが繰り広げられる。田舎へ進むにつれ積もった雪が濃くなっていく。電車の進行方向右側の席に座ると、正面に朝焼けと富士山が眺められる。それが白銀世界と相まって神秘的な画を作り出していた。そういえば、途中どこかの駅でケンチらしき人が乗ってきた。しかし人違いだった。ケンチはそんなにハゲていない。
小田原で無事ケンチと合流。とてもオシャレな格好。ただすぐにスキーウェアに着替え、インストラクターのようになる。一気にダサくなった。
まもなく箱根湯本というところで、ずっと気になっていたことを話した。都内にいた頃から同じ車両に乗っていた謎の坊主頭の男。手ぶらで、古臭い紺のベンチコートを着ている。偏見だか、これはもう完全にあの組織の人だろう。何か臭うと、シゲもずっと同じことを思っていたらしい。ただシゲも同じような紺のベンチコートを着ていたため、その男の方を向いて「ねぇ、シゲ」とか言ったりして遊んだ。人としてごめんなさい。謎の力で消されたくないのでこの辺にしておきます。
湯本につき、駅から外を見ると1台の空車タクシーが停まっていた。それを見てシゲが走った。するともう一人、近くにいた女性もすかさず走り出した。タクシー争奪戦が勃発。しかし女性はトイレに入っていった。あぁ、爆弾ね。ちなみに謎の男は箱根登山鉄道の方へ向かっていった。
余談だがこの謎の男、翌日の復路の中継でテレビに映りこんでいた。
シゲは見事タクシーを確保。予約に失敗した罪滅ぼしと言っていたがかなりのファインプレー。こればかりは運に任せるしかないのだから。
タクシーの中で満を持して今年の歌最有力候補を披露。
「ラッスンゴレライ。チョット待ってチョット待ってウォ兄さん」のやつ。
しかしみんな知らなかった。確かに僕も昨日知ったネタだし。ただまだまだ諦めない。
7時50分ゴール芦ノ湖到着。8時のスタートに無事間に合った。いつもの場所で写真を撮り、いつものオーロラビジョンの前に陣取る。今年は創価大の参加で混雑するのではと恐れていたが、昨日の雪の影響か例年より少なかった。広場は雪で真白。アイスバーンのようになっていたが、シゲがブルーシートを持ってきていたというここでもファインプレーを披露。
そして91回目の継走が始まった。
1区 駒大・中村、東洋大・田口、青学大・久保田、明大・横手の四つ巴の面白い展開。中村の最後の勝負強さは圧巻。ただ僕らの中で最も注目されていたのは中大の町澤。ナイスはちまき!そして良い位置につける東海大。今年も東海大ファンのシゲのアレが出ました「誰だよ!東海弱いって言ったの!」誰も言っていない。
2区 村山ツインズが注目されているが、オムワンバの欠場に肩を落とす山梨学院大ファンのケンチ。優勝したらグッズを買うと言っていたがまだまだ先になりそう。ただ来年は10位以内なら…と妥協したようです。
そういえば今年は水素爆弾の生成が早い。1時間に1回はトイレに行っている気がする。しかも1回に出す量が非常に多い。脱水症状になるレヴェル。食事中の方申し訳。ただ席に戻る度にPASCOの食パンプレゼントの整理券を受け取り、1月前半は朝食に困らない量の食パンを手に入れる。
3区 選手の誰かの彼女が応援に来ている的な情報が入り、思わず本域の「はぁ!?」が出る。駒大みたいに色恋沙汰には目もくれず座禅組んでやれよ!という僕らの勝手なイメージが広がり続ける。我々は丸坊主の選手を応援します。
4区 すると東洋大の櫻岡がナイスな坊主頭で登場。いいね!
そういえば、毎年4区辺りで「それではゴール芦ノ湖の様子を見てみましょう」と、映されるわけだが、今年はいつもいる場所にカメラクルーが来ていない。昨年僕らは激しく映ったにも関わらず何もできずに辛酸をなめた。今年は何かやらねばと密かに考えていたのだが肩透かしに終わった。調子に乗って今年も映るとみんなに言ってしまっていた。
5区 山の超人青学大・神野の走りは圧巻。手も足も出ないとはまさにこのこと。柏原を超えるなんて、上には上がいるんだな。ただ、駒大BABAの走りには涙が出そうだった。襷を途切れさせなくて良かった。これこそが絆のリレーなんだと思う。
あと、どうでもいいけど日大のキトニーがケンチと同じ帽子を被っていた。
特に描写はしなかったが、レース中ちょいちょい例の8.6秒バズーカーをやっていた。その甲斐あって徐々に浸透してきた。
青学大の優勝の瞬間と、インタビューを見届けた。ずっと駒大応援していたから忘れていたが、そういえば青学って母校だった。おめでとう、おれ。
余韻に浸りながらいつもの場所で写真を撮る。今年はフォーメーションを少し間違えた。
ゴールに惜別。今年もありがとう。また来年。
ひとまず関所(トイレ)に向かう。が、途中で早稲田の渡辺監督を発見。先程ゴール地点でも見かけたのだが、インタビュー中であったため後ろ姿とツーショットで写真を勝手に撮った。それで無理矢理満足したわけだが、ここで大きなチャンスが。今年で退任されるためエンジにWの渡辺さんと撮る最後のチャンス。勇気を振り絞り写真を撮ってもらった。
思えば僕がこんなに変態的な箱根駅伝オタクになったきっかけは、紛れもなくこの渡辺康幸。小学校2年のときに見た1995年の箱根駅伝2区。最強ケニア人留学生の山梨学院大ステファン・マヤカを破り圧倒的な区間新記録を樹立。その姿が幼心に突き刺さり、渡辺康幸に憧れ、早稲田に憧れ、箱根駅伝を愛するようになったわけだ。だからこの写真は野球好きな人がイチローに、サッカー好きな人がカズに撮ってもらうのと同じくらいの価値が僕の中にはある。お忙しい中本当にありがとうございました。2015年早速素晴らしい思い出ができました。
関所(トイレ)を経由し、いつものそば屋・小松屋へ向かう。しかしその間シゲの元気がない。毎年ここでアホみたいに騒いでいるのに。それだけBABAのアクシデントがショックだったようだ。
小松屋に到着。毎年言っていることだが、店員さんが可愛いからではなくあくまで食事を堪能するという意味でこの店を選んだわけで、決してそういうやましい気持ちは全くなく、あくまで…あれ?いつもの店員さんがいない。け、結婚!?
今年も勝ちたいからカツ丼を注文。勝ちたいんや。食事を堪能し高校サッカーをチェックし、シゲは荷物を整理。なぜかもの凄く荷物が多い。
湖畔を歩きながら箱根神社へ向かう。するとさっきまで元気のなかったシゲが急に元気になった。どうやらお腹が空いていただけのようだった。
神社の入口で長島さんが知り合いと遭遇。僕らは少し離れたところで待ちながら、中川家礼二の「ノックオン!帝京ボールスクラム!」のネタをやろうということになった。これは、ラグビーでノックオンというボールを前に落としたときの反則が起きたときの審判のものまねである。
長島さんが戻ってきて、シゲがおもむろに手に持っていた荷物を前に落とす。
「ノックオ…」
「大丈夫!?」
と、本気で荷物を心配され不発に終わった。優しさが仇となる珍しいケースだ。
そのあとザキヤマがよくやるカンニング竹山のものまねをやったり、チュートリアル徳井がよくやるスポードワゴン小沢のものまねとかをやったり、クマムシの「あったかいんだから~♪」をやったり、「お兄さんトレンディだね」「うん、トレンディエンジェル」をやったりしたが、僕とケンチしかハマっていなかった。
日本有数のパワースポット箱根神社で、昨年は特に深い意味はありませんが良縁を祈願。そのおかげかいろんな素晴らしい出会いに恵まれました。ありがとうございます。今年は仕事運、恋愛運、健康運、そして弟の合格を祈願。よろしくお願い申し上げます。おみくじは吉。久しぶりに大吉ではなかった。気を引き締めろということですね。
夕暮れの湖畔を歩き、波に揺れるNOZAKIボートにテンションを上げながらすっかり定着した「チョット待ってチョット待ってウォ兄さん!」でみんなでワイワイ。
バスに乗る前にセブンイレブンで買い物。ここには箱根駅伝グッズが豊富に取り揃えられてある。優勝したことで青学グッズはほとんど売り切れていた。そうこうしていたら早稲田の山本修平くんに遭遇。イケメンだ。
ユネッサン(ス)へのバスへ乗り込むときに、長島さんが小銭をドアの後ろに落とした。閉まるまで取れないため入口付近の席に座る。残った男3人は後ろの2人席へ。シゲと僕が並んで座り、ケンチはその後ろ。「きっと隣りに可愛い子が座るよ」とか言っていたらおばさんが来た。と思ったら別の席へ移り、かわりに若い外国人が座った。男だけど。
今年もユネッサン(ス)の森の湯で2015年の疲れを癒す。何枚も重ね着しているため、全裸になるまで時間がかかる。それでもいつも一瞬で裸になってしまうシゲが今年は苦戦していた。荷物が多すぎてロッカーに入らないようだ。
昨年同様たくさんある温泉の中から一つしか入らないという大人の楽しみ方。トーク内容も仕事中心のすっかり大人。来年はどういう話をしているだろうね。
畳の部屋で長島さんと合流し、ゴールでもらったみかんとコーヒー牛乳で乾杯し、2015年もお疲れ様でしたと。ここでYouTubeで噂の8.6秒バズーカーを再生。はい満場一致で今年の歌に決定。
お土産を見て回り、19時47分のバスに乗車。車内でシゲケンチも知っているフランス在住の友人とやり取り。
「ボンジョルノ。いつ帰ってくるの?」
「ボンジョルノはイタリア語だから」
というおバカなやり取りを新年早々。
ただでさえカーブの多い山道なのに、そんなやり取りでスマホをずっと見ていたものだから、案の定車酔い寸前に。ヤバいよヤバいよと思っていたら、前の席に座っていた少年がノックアウト。リアルな音。僕は対岸にいたためニオイはこなかったが…とにかく吐き気が伝染しないよう全神経を窓の外に集中した。食事中の方申し訳。
帰りはロマンスカーで優雅に帰る。ケンチは小田原で乗り換え。良いお年をとお別れ。ここから町田までの約1時間、3人で今後の箱根駅伝観戦について重要な話し合いが開かれた。
毎年当たり前のように朝早くから芦ノ湖へ向かい、気がつけば今回で10年目を迎えた。しかし、これまでは自分の都合だけを考えれば良かったものが、家族を持つようになったり、仕事が忙しくなることにより、自分だけの問題ではなくなっているということ。もちろん理想はこの行事を50年60年続けていくことではあるけれど、例えば家族の誰かが病気になったりしたら当然そうは言っていられない。いろんな人たちの理解や協力があっての僕らの箱根駅伝であるということを10年という歳月を機に考えていかなければならない。今年はたまたま全員で来ることができた。たまたま天気が良かった。それはただ運が良かっただけのこと。そんな1年の重みを感じ、犠牲ではなく協力の上で成り立たせなければ意味がない。
各々に何かトラブルが発生したらどうする?雨が降ったらどうする?これまで積み上げてきた10年の伝統と、それぞれが最優先に守らなければならないものとのバランス。これがこれからの課題。たかが365日分の1日ではあるけれど、それは大事な正月の1日。簡単には天秤にかけられない。
一生をともにするであろう家族にはこの観戦を強要できない理由もある。あのような極寒の地で5時間半も座っていなければならないなんて、興味のない人にはまずキツすぎる。正月早々政治家の5時間半屋外講演会に行けと言われるようなもの。そんなにつまらないもの全力で拒否する。
だからこそ将来を見据え、状況によっては例えば誰かの家に集まったり、昼頃を目安にゴールに向かったりという代替案の考案も進めていく必要もあるように感じる。
はい、真面目な話はここまで。それはこれから時間をかけて考えていきます。
町田で長島さんと良いお年をでお別れ、シゲはあとでウチにくるので一旦向ヶ丘遊園でお別れ。
帰りに梅ヶ丘の家系ラーメン(にんにくこんもり)を食べ無事帰宅。録画していた往路の映像をチェック。やはり今年は映っていなかった。テレビに抜かれたとき用のイメージはバッチリだったのだが。
そうこうしている間にシゲが来た。お互い疲れていたため気がついたら寝ていた。そして4時30頃、シゲは良いお年をと家族のもとへ発った。
こうして2015年の箱根駅伝は幕を下ろした。
10年も同じことを続けてきたけれど
それでも笑いが絶えない楽しい1日であった。
1年分笑った気がする。
そして
こんなに1日の重みを感じた1月2日はなかった。
素晴らしい親友たちと
理解してくれる家族へ感謝の気持ちを忘れず
また来年に向けて2015年を全力で駆け抜けていきたいと思う。
See You Next Year!