ギターを買う話でこんなに長引くとは思いませんでしたが、今回で終わり!
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あらすじ
予算5万円程度
サブギターとして、使い勝手のいい遊べるハコモノを探しお茶の水にやってきた
様々なギターを試奏したものの、どうもシックリ来なかった僕は折角なので記念にギブソンES335を弾いてみる流れになった。
よろしくどうぞ!
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「すいません、これ弾いてみていいですか」
鮮やかなチェリーレッドのES335を指差してて言うと
ダンディーなフロアマスターは慣れた手付きで壁からギターを下ろし、マーシャルに繋いだ
アンプが温まるのを少し待っている間、高級ギターを抱える手から汗が滲んでいる事に気が付いて
なんだか少し申し訳ない気分になっていた。
セッティングが終わり適当なピックを持って試奏を始めた…
脳が身体の各部位に向け指令を下す
神経細胞に電気が走り、何万回も繰り返しEの形を指先が作り、右手が六本の弦を震わせる
金属のカバーに覆われたピックアップがその振動を拾い、電気信号に変換された情報がシールドを渡ってマーシャルに送られた。
プリアンプまでやってきたギター原音はマーシャルの名の下に化粧を施され、服を着替え、立ち振る舞いや声色を決定する。
パワーアンプはその音の人物像を拡大してキャビネットに備えられた4つのスピーカーから現実世界に送り出す。
鼓膜の振動は僕の脳へと改めて電気信号に変換され知覚へと変化する
鳥肌が立つほどの美人が現れた。
指先に込められた僕の感情を彼女は流暢な音色で歌う
中低音は母のように優しく力強い
高音は乙女のように煌びやかにして快活、
各弦の響きを余すことなく鮮明に鳴らし、
余韻の残る倍音は豊かで甘い…
「ああ!神よ!なんたることか!」
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小説風のレビューが度を過ぎたようだ、自重しよう。
一音鳴らして鳥肌が立ったのは事実だが、実際の僕としては
「うわー、やべぇー!かっけーっ!
なにこれちょーかっけーっ!やっべー!」
くらいの貧弱な語彙を連発して慎太郎と笑ってた。
40万円近くするのだ、手が出るはずがない。
時間も時間だったので、その日は帰ることにした。
帰りがけにダンディーなフロアマスターが良かったらどうぞ、とギブソンのピックケースをくれた。
またいつでも遊びにいらっしゃい、と。
どこまでもダンディーな人だった。
僕らは吉祥寺に戻り、安酒を交えつつ今日の反省と今後の作戦会議を行った。
「いやー、335ヤバかったね!」
「やっぱいいギターだよなー!」
「まあでも現実的に考えてドットあたりかなぁー
安いし。流石に40万近いのは無理だろ!」
「製造の年代よっては中古で20万代とかあるんじゃね?あとはギブソンに拘らず探せば或いは…」
当初の目的は "テレキャスとはキャラクターの違った遊べるハコモノのサブギター" が欲しくてカジノに目を付けていたのである。
5万円程度〜出しても7万円くらいで考えていた。
予算オーバーも甚だしいし、目的からズレる。
バンドマンの金銭感覚は狂っている。
昼飯に千円は高いと感じるくせに
エフェクターに1万や2万を簡単に出し、ギターに10万出す事は当たり前だったりする。
それでもある一定の額を超えると流石にビビるのだ。
人生におけるビールの総消費額でES335はおろか、あのマーシャルのアンプを一緒に買ってもお釣りがくるだろうに。
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帰り道、335の音が頭から離れなかった
ES335を弾いてロックバンドをやるってことは
ドレスを着た美女をオンボロバイクの後ろに乗せて海を目指す、みたいなドラマがある。
信号待ちでと隣に並んだバンドマン風の男のバイク
タンデムシートに叶美香が乗ってたらビックリするみたいな感じ。
もうほとんど恋だった。
恋をしている時、人間はドラマの主人公になるのだ。
「…彼女は容姿端麗で性格良好、才色兼備の社長令嬢でモデルで女優で石油王のフィアンセなのだ…
俺みたいな人間がどうこう出来る存在じゃないさ…
忘れよう…アレはただの偶然だったのだ。
現実はドラマみたいにはいかねぇよな…ははは…」
これ見よがしに落胆をして小石を蹴ったら犬に当たって追い回され、スボンを破かれ白ブリーフが見える。
みたいな展開はない、これは現実だから。
そう、これはドラマではなく現実である。
現実ならば、別に金さえ払えば手に入る。
ローン組んで月々いくらで手に入るのなら、しばらく酒でも控えてりゃいい。
おお、簡単な話じゃないか。
よし決めたー、買っちゃおー。
こうして僕はES335の購入を決意した。
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それから数週間、時間があればES335を探しに街から街へと移動した。
中古楽器というのは同じ名前でも作られた年代や全オーナーの扱い方や音の趣味嗜好が出るものなので個体差というものが大きく出る場合がある。
それに伴い値段も違う。
一度、とある楽器屋で試奏をお願いしたら断られた。
「冷やかしで弾いて欲しくない」と言われたのだ。
「弾いてみなきゃ分からない」と言ってもダメだった。
値段を見て納得した、36万だと思っていたら360万だったのだ。
335は50年代から作られ続けているので定番機なので状態のいいヴィンテージは驚くほど高い。
となりに置いてあった62年製のES355の値段は聞けなかった。
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ある日、バンド仲間でバイク仲間のSEETHELIGHTSタカと遊ぶ事になった。
バンド始めたての頃にライブハウスで出会った。
見た目が怖かったので出会って一年くらい話しかけられなかったが、勇気を振り絞り話をしてみると同じタカで、体型が近く、出身地も近く、バイク乗り、黒のテレキャス使いでギタボなどなど…共通点が多かったことから急激に仲良くなった。写真は共に長野へツアーに行った時のもの。モチ肌である。
渋谷で待ち合わせ、周辺の楽器屋を巡る。
あーだこーだ言いながら見た目、音、値段のバランスを心にメモしつつ試奏を重ねる。
結局、渋谷では見つからなかったのでお茶の水まで移動した。
そこで遂に出会ったのが今のES335だ、
「あ、探してたのはこのギターだわ」
経年によって塗装の淡くなったチェリーレッドに程よく透ける木目の柄、そこに脈を打つクラック。
とにかく見た目が好みだったのだ。
その年代あたりから流通している木材の質が落ちたり、工場が変わったりと色々あるらしい
詳しくは割愛するが72年製でこの価格!というのは掘り出し物だった。
一応何本か試奏をして、やはりコレだと再認識し
閉店ギリギリまでしぶとく値段交渉をして可能な限り安くしてもらう。
覚悟はしていたが、抑えられる出費は抑えたい。
話がまとまったので一度ATMへ行き、頭金を下ろす。
そこからはあまり覚えていない。
覚えているのは
遂に手に入れた、という興奮と
右手に残るハードケースの重みだけである。
終
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ES335を使用したMV「ピスタチオ」