猫派の私は、この時期になると近所に出没する子猫(野良)が可愛くて仕方ない。
飼いたい~とも思うが、触れないのが現実。病気も怖いし。

私が小学生のころ、実家には野良猫が沢山いて、いつも庭を走り回ってたし、家の中に侵入してることも多々あった。家に帰ると薄暗い中で目がカッと光った猫がいるとホントに怖いよ。そして足元をささーっと音もなく通り抜ける。叫ぶよ、ホント。
縁側の下で赤ちゃんを産んでることもあった。もぅめっちゃ可愛かった。

ただね、父さんと祖父ちゃんは凄い嫌ってた。蹴飛ばしたり箒で叩いたりしてたもん。
子供心に軽蔑したよ。そりゃ、仏様のお供えものを荒らしたり、父さんや祖父ちゃんなりに思うところがあったんだろうけど。でも、だからって、生きてるのに。
私が高校生くらいになると父さんは保健所から罠を借りて猫を捕獲してた。大きな猪でも捕まえるのって感じの檻で、罠にかかってるのを見ては喜んでた。最低じゃね。本気で最低だと思った。
でも私は”檻”から逃がせなかった。捕まった猫がどうなるか想像するのもあり、怖くて檻に近寄ることも気分が悪くて檻を見ることも出来なかった。
だから私も父さんと同じ。殺されると分かってて助けないんだから。名前までつけてたのに。

子どもの頃は近所に野良犬も沢山いて、居座った野良犬を飼ったことがある。
1匹目は小型で毛がふさふさの雑種でウェンディと呼んでた。(母さん命名)
でも、しばらくするといなくなった。
両親が”よそにあげた”と言ってたが、私たち兄弟は保健所に連れて行かれたんだと気付いた。
誰もそれを口にしなかったけど。
皆で”よそに貰われたんだから大丈夫よ”と泣いた。

2匹目はうちに居座った時はすでに大きくて、耳の垂れた普通の茶色い雑種だった。
ノラ(母さん命名)が死ぬと分かった時、全然散歩も行ったことないのに、遊んだこともないのに、凄い悲しかった。
病気になって、お医者様に見せたら”野良犬は予防接種を受けてないから”と言われたらしい。
うちに来てからは予防接種は行ってたけどね。それじゃダメみたい。
ぜーぜー苦しそうに息をしてダラーとして。
最後くらいいいものを食べさせてやろうとしても食べない。
怖くて可哀想で見てられなった弱い私。世話をしてた弟は玄関でノラと一緒に寝たりもしてた。
私が彼氏(旦那様)の家でダラダラしてると母さんから”ノラが死んだから竹やぶに埋めに行った”
と電話があった。
正直死んだことが可哀想という前に、死ぬところを見ることなくて良かったと思った。


そんなこともあり、私は動物が苦手。
特に弱くてすぐに死んじゃいそうな小動物は近づけもしない。
可愛い可愛いと思わないように、愛着がわかないようにしてる。死ぬから。死んだら悲しいから。
こういう考え方って間違ってるってよく聞くけど、子どもに”死”を分からせるためにも動物がいるのはいいって聞くけど、きっと飼えない。
お金がかかるとかの問題や面倒が見れないという問題以前。
飼い犬を亡くしたことのあるパパも同意見。


これから先もうちで飼うのは”カメ”くらいだろう。





と、かあさんのブログのコメで書いたら凄い長くなったんで日記にした。
書いてて涙でた。仕事中なのに。