試験期間です。
中国語の単位落としました。
めげます。


追いかけたい人というのは
素晴らしいから追いかけたいので
素晴らしいということは
進むスピードも早いので
(以下略

まとまりがなくて
ごめんなさい。

人間関係がうまくいかなくなる要因に
とりたい距離感が著しく違う というものがあります。
近づくのは怖いです。
知ることは怖いです。
怖い と 距離をおくのが いちばん怖いです。
例えば、戦争には様々な立場からの正義があると知った時。
例えば、人権には様々な価値観があると知った時。
例えば、隣の誰かがなぜ苦しんでいるか、わからない時。

人は途方もないこと、自分の力でどうしようもないことに直面した時、思考が巡ります。

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」で、ジョバンニはカムパネルラと共に宇宙を旅します。
道中、様々な未知の現象・人と出会い、打ちのめされます。
“様々な角度”を細分化した時、最終的に円になり、球になり、言うなれば宇宙空間のように、なります。

みんなの“本当の幸い”を探すジョバンニが最後、何もせずに家に帰るのも、
宇宙という言うなれば“無限の価値観”に打ちのめされたから。

どうしたら みんなの幸い を見つけることが出来るのか なんて、ずっとわからないのだろうけれど、
打ちのめされることによって立ちすくんでからの最初の一歩は重たいけれど、
家に帰り牛乳を届けたジョバンニのように、日常に立ち返り、“個人”を大切にすることから始めること、そこに知ることの、打ちのめされることの価値があるのかもしれない。

銀河鉄道の夜、様々な読みができるテクストではあるけれど………
膨大な数の立場からの幸いを考える時、どうしてもこの話が浮かびます。
舵取りは死にません。

どうも。
泥船に乗りたがる舵取りが 沈んでゆくのには もう見慣れました。
蒸気船が来た時代から遥か先にきたというのに
未だに泥船な始末。

……でも
泥船って住む分には心地いい。
足元はひんやりしてて心地いいし
泥という遊ぶものには困らない。

いざ大海へ乗り出した時……
考えないようにしましょう。
もう兎に火は付けられた状態ですが。