女と男のラブゲーム・デスマッチ
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ゲイの女になりきり 見本です

わたしは晩生で二十歳をすぎてビアンに目覚めました。でも元彼とのセックスでは本当にイッたことなかったのに(そのふりばっかしてたの)、ビアンのお友達にクリットを愛撫されて、あれれ!って感じちゃって。すごく気持ち良かったの。そしたら彼女、わたしのクリットをフードから裸にしちゃって、舌で舐めたり吸ったりしてくれたの。もう!こんなのはじめてだった。わたし何回もイッちゃったの。もう男の子なんてだめね。ビアンの女の子なら、分かるよね。・・・でもいろいろあってその子とはさよならしたの。1年くらい毎日のように彼女の部屋やわたしの部屋で、からんでたんだけど、彼女はバイだったので・・・。

わたしね、彼女と知り合うまでほかのひとのクリットとか関心もなかったし、あまり知らなかったんだけど、わたしのって大きいの。感じてくると小豆くらいになるかな。みんなこれくらいかと思ってたけど、彼女のって敏感だけどもっとちいさいのよね。それに感じてくるとフードの奥に引っ込んじゃって(笑)。わたしのは小さなオチンチンみたいにフードから飛び出して固くなるよ。あなたが良かったら、今度はクリットの写メも送るね。ピンクの真珠みたいだよ~。少しメールでお話して、気が合いそうならわたしとからんでみませんか。恥ずかしいけど、優しく舐めてほしくて、欲求不満たまってます。アレの日ってすごくエッチしたくなるけど、ビアンどうしでうんとイキたいな。 

女の子の優しい指や舌で、クリットを愛撫してほしいです。一度久しぶりに会った友達に誘われて体験してしまいました。もうファックなんかしたくない。わたしには素敵なオーガズムをプレゼントしてくれるクリットがあるんだから。お友達になれたら、あなたのクリットにも同じことしてあげるわね。わたし本当に女でよかったと思ってます。ひとりHもするけど、自分では舐められないのが辛いの。お友達欲しいな!Mっぽいからタチの子がいたらゆきのこと、うんと攻めてね。わたしのクリット、ピンクの真珠みたいでとっても可愛いよ。

サトさんと本当に仲良くなれたら、その次にはあなたの彼と一緒にからむことも考えてもいいわ。わたし、男の子なんかだめって書いたけど、わたしがほんとのオーガズムっていうの、全身がビクビクってするような快感を、男の子は考えてくれないってだけで、男の子が嫌いとか不潔とかいうんじゃないのよね。サトさんにもビアンの友達になってほしいな。男の子にもクリットを攻めててほしいの。インサートしてもクリットを攻められたようにはイクことできないよ。あなたはどう?ビアンが素敵なのは、どこをどういうふうに愛してあげればいいかお互いに分かってるし、クリットを舐めたり吸ったりしてあげて、彼女が思わず声をあげたとき、その快感って自分でもよく分かるじゃない。これ男の子には絶対わかんないよ。かわいそうだけど。女の子のセックスって男の子みたいに単純じゃないし、多分わたしたちのエクスタシーのほうが、何倍もいいんだと思う。わたしも、女の子の恋人ができて、クリットのほんとの快感を知るまでは、セックスで男の子に気持ちよく射精させてあげて、自分は痛くても感じてるふりだけして、「ひろし、上手ね」とか言ってたわ。もしサトさんがまだ十分経験してないんなら、絶対すごいよ。インサートでヴァギナで感じるののワンランク上のオーガズムって感じ。わたし最近分かったの。インサートしたときも感じてるのはヴァギナじゃなくてクリットなのよね。

だから、あとで彼氏と一緒してもいいから、最初サトさんとふたりでからみたいな。

男の本音 すべての「きみ」へのメッセージ

きみに送ったメールの中で自己紹介を別にすると、ぼくが言いたかったのは、服を着たセックスと裸の会話というところ。勿論、本当に心しなくちゃいけないのはそのあとの、「どちらも思いやりが大事」ということ。女と男、語らいは衣服を纏ったセックスで、セックスは裸の会話ですね。どちらも思いやりがなければ、相手を傷つける。これはこれまでの人生で、何度も恋をし、それと同じだけ別れを経験してきたぼくの反省であり、教訓です。女と男は、逆説的に言うと、いつまでも別れずにいるためには、相手に惚れないことなんだ。確かにぼくにもそういうひとはいる。でも本当に女と男の間で気持ちが通い合うようになると、惚れないわけには行かないよね。好きになってしまうもの。でも、惚れる=恋するってことは一種の激情だから、ほとんどの場合思いやりより独占欲や嫉妬心が勝って、恋そのものを儚いものにしてしまう。そして恋が激情であるが故に、遠からず冷めるときがやってきて、些細なことが別れのきっかけになってしまうんだ。これは、体の関係があるなしにかかわりないこと。何故なら、惚れたひとと食事をし、酒を飲み、言葉を交わすときの熱い思いは、衣服を纏ったセックス以外のなにものでもないから。セックス=裸の会話は女と男の絆になるとは限らない。セックスこそ本物の思いやりが試されるんだよね。ぼくも若いころは、セックスで自分のオーガズムばかり追い求めていたけど、本当のセックスって惚れた相手に、最高のオーガズムをプレゼントすることなんだ。愛するひとが至上のエクスタシーに身をまかせるとき、一緒にオーガズムを迎えることができたら、裸の会話は女と男のセクシャルな信頼をなによりも深めることができる。もう少し早く気付いていれば・・・。でもお互いが自己本位の会話とセックスを恋愛だと思い違いしてたんだ。ぼくは結婚していて、それなりに安定した家庭を築いているけど、恋としては終わっているんだよね。セックスだけは惰性で続いていても。夫婦のセックスも裸の会話だけど、もう世間話みたいなもので、新しいエクスタシーは容易に生まれない。ぼくがロバート・パーカーのスペンサーシリーズのスーザンが理想の女性というのはそこなんだ。正確に言うと、スペンサーとスーザンの関係が理想。このふたりは結婚はしていないけど、洒落た会話と貪るようなセックスを通して、いつまでも愛し合っている。決して相手を拘束しないし、ストイックなまでに相手を裏切らず、信頼の絆で結ばれている。ぼくの経験からすると、ほんと小説でしかありえない世界だけど、今でもそういう出会いを追い求めているんだよね。夢追い人みたいに。スーザンになれるかい?