僕の価値観なのか、使命なのかの一つに

「つなぐ」があるように感じたのは

少し前のことだ。

 

 

 

繋ぐ対象としては、

日常のささやかなものから

よくやっていたなと思うことがあって

これおいしいなーと思ったら

SNSにupするとか

この歌いいわーと思ったらつぶやくとか

食べて早々のこともあれば

何年も前の曲であっても、

聴いて感覚でぺろっと投稿してるみたいな

 

時間や距離を超えて

薦めたいもの、繋ぎたいものを

繋ぎ続けてきたなってことに気付かされた。

 

 

 

この「繋ぐ」を意識し始めたきっかけで

強烈な記憶としてあるのが

何年も前にテレビで観ていた

戦没者遺骨収集のボランティアに関する

ドキュメンタリーだった。

 

 

 

いまもいろんな団体があると思うけれど

とある一人の男性が主に活動されていて

どんな方の特集かはいまは覚えていない。

(ガマフヤーの

書籍も出している方かもしれないけど

明確には思い出せないので、

たとえとして挙げさせていただいた)

 

 

 

沖縄の戦地を中心に

遺骨や遺品を収集をしたのちに

遺族のもとへかえしていく活動は

僕にとって「つなぐ」ことを

体現されている方だなと

とても意識させられたことを覚えている。

(確か、海外の戦地の遺骨収集についても

ドキュメンタリーでは触れられていた気がする)

 

 

 

僕自身は、沖縄には行ったことがないけれど

太平洋戦争の歴史だけは

なんでかよく調べていたことが昔からあった。

(なんでか、中学の歴史の授業あたりから

この傾向はあった)

 

 

 

母方の祖父から、認知症が進行する前に

何度か戦争についての話を聞いていて

戦争証言アーカイブスを観ているうちに

祖父本人からは聞いていないけれど

祖父がどこの部隊に所属していて

どこでどう終戦を迎えて日本へ戻ってきたか

だいたい推測できてしまったこともある。

(母にも数年後に聞いてみたところ、

それで合っていると言ってもらった)

 

 

 

僕と沖縄の繋がりは

両親が新婚旅行で沖縄に行ってたということを

聞かされてただけ。

高校の修学旅行で、沖縄に行く機会もあったようだけど

僕は修学旅行に行かなかったので

そこから行く機会もなくここまで生きてきた。

 

 

 

そんな中で、そのドキュメンタリーを観ていたことが

どこかで頭から離れないなかで

僕は僕なりに、日常で繋いでいけることを、

それ以上に繋いで「いきたい」ことを、

繋いできた気はしている。

 

 

 

先日祖父が亡くなってから

やけにこのことを思い出すようになっていて

僕は、そのドキュメンタリー番組を見たとき

「とてもいい活動をされてると思うけれど

僕にここまで体力は無いから無理だ」

って、僕がやりたいって思ってるんだってことに

自分でもびっくりしながら考えてたことも思いだした。

 

 

 

いまでも、体力がないことには変わりないんだけど

いくつかいろんな団体があり、

寄付という形でも貢献できるということを

つい最近やっと知った。

だから、ささやかにでも

いまの僕が、僕なりにできる「つなぐ」を

これからもやっていけたらなと

改めて思えたので、いったん現状を書いてみた。

 

 


2024.10.09
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