時に、注目の的というのは、誰かの思惑ででっち上げられているのではないかと、
考えてしまうことがある。
別の的から目を逸らしたいがために急ごしらえで用意されたもの。
注目されることにより利益が生まれるから、自然発生を装って的に仕立て上げられたもの。
注目の的というものには、こんな疑惑が拭えずどうしても昔から苦手意識があった。
もちろん大部分は、的自身の実力や才覚、魅力にメリット、状況などから、
的になり得るだけの‟素質”をもともと持ち合わせていたのだろう。
ただ、それを補うにはフェアじゃないプロモーションなどがあり、注目の的と担ぎ上げられていたカラクリを知ってしまうと、
途端に興醒めしてしまう、そんな性格だったりする。
だから、趣味でも人気な物語や音楽を食わず嫌いで避けてしまう傾向にあるのだが、
それは同時に「今流行り」というものからも遠ざかることを意味していて、
注目されていようが関係なく、自分から興味を持って手に取るものなど微々たる数なため、
結果的に時代遅れの人間というものが出来上がる。
まあ、それがまったく苦じゃないから、そうしているわけなのだけれど。
ここまで書いているわけなので、私は私自身や創作物が、何の実力も持っていないのに、
注目の的に担ぎ上げられるような行動は、極力慎むようにしている、はず。
散々的になり蓋を開けてみたらスッカラカンでした。という現実は失礼すぎるため、
少しでもスッカラカンと言われないような日々を心がけたくて、常に、足掻いている。
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