「嫌なことほど忘れない」という言葉をどこかで聞いたことがあるのだが、
私は私の性格を形作る上で結構大切なエピソードだったと思われる記憶を、
十年ほど都合よく忘れていた。
幼稚園時代か、それよりも少し前か、私は木が生い茂っているどこかの道路に(確か近くにこの一帯では有名な湖があった道)、
家族で外出中、車から降ろされ置いて行かれそうになったことがある。
私が起こした癇癪が原因だったようで、父の逆鱗に触れた私は車から降ろされた。
周りにとにかく緑があって、緑の中を走る道路があり、車の中にいる家族を視ていて、と、
忘れていたことを思い出してから断片的な記憶を探った。
お怒りの父に向かって、私は「こんなとこで降ろされたって帰れないよ」みたいなことを言ったらしいが、
そこについては全く覚えていない。というかなんて我が強い子だったんだ自分。
ただ、そういうことがあってから、たぶん私の口癖は「待って」になった。
待ってほしいような状況が発生すると、意識して話す前に待って、と反射的に口から飛び出していた。
私以外の全ての何かに、置いて行かれるのが嫌になっていた。
先を歩く人に待ってと声をかけるだけではなく、進学していくうちに成績で置いて行かれるのも嫌になっていた。
成績は中学初期に早々と諦め始めたが、先を歩く人に置いて行かれると、
なんだか人間性全部を否定されたような、ああもう嫌われてしまう、といった、
そこまで思い詰めるのも不思議なほどの絶望感で一杯になったことは何回かあった。
中学の部活で先輩と些細なことで仲違いし、誤解を解けないまま卒業を見送ったりもした。
ただ、思春期真っ只中で、自分がここまで過剰に「置いて行かれるということ」に反応してしまうのも、
どこかでおかしいとは感じていたのだ。
高校時代、父があの時は悪いことをしたな、と、本人がすっかり忘れていた過去をぽろりと話し始めてから、
それまでのいろんな行動の意味を知った気がして、大いなる謎が解けたような気分になったものだ。
ただ、思い出したからと言って、私の絶望感が拭えたかというと、そういうものでもない。
なんだか都合よく忘れたままのほうがよかったなぁなんて、たまに考えてしまうのである。
その話を聞いたのも一つの要因となり、早く一人暮らししたいと決意した十年後、
こうして私は気ままに生きている。誰のことも待たずに。
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