闇の中で、何度か混沌の音を聴いた。
身体の自由を奪われた。
別に何事も不安に思わず、問題事が無いような夜もあれば、
大切な誰かのことをぼんやり考えていた時もあり、
未来に怯えていた心の隙間を狙われたこともあった。
一瞬耳元で喚き散らされただけの時もあれば、
見上げた天井に輪郭を視て、過ぎ去る余韻に見知らぬ尋ね人の名前を出され「知らない」を連発し、
黒々としたイメージと歌のような響きを突き付けられて、無我夢中に白と聖なる雰囲気を創り上げて必死に対抗したこともある。
いつまたやってくるか分からない。
今度はどんなものがやってくるか分からない。
普段は気にしないようにと思いながら、意識を無くす寸前まで寝るという行為が怖い。
そんなことを十年以上続けてきた。
中学の頃に最初の遭遇があったので、二十歳以下で遭遇すると一生どこかしらで関わることになるという言葉が、
真実だとしか思えないような状況だ。
たぶん最後に心の隙間を狙われたのは、日常を奪われた震災の翌月だろう。
余震に全身がぶるぶる震えて、また職場が流されるかもしれないという妄想で息が出来なくなりかけた夜に、
かろうじて落ち着かせた心の隙間を見抜かれたのだと思う。
その時の“戦い”を終えて、なんだか悟ったような気がしていた。
心の闇だけは、外に開いてはいけないのだと。
光に繋がる歌を、歌のようなイメージを、常に持っていなければいけないのだと。
なんだか抽象的すぎて、意味が分からない文章になっているような気がしてならないのだが、
これも意識的に、“呼び寄せないように”書いている、つもり、なので、ご理解いただきたい。


そう思い、思い込んでいなければ、前に進めないような状況だったのだけれど、
すぐに、それも少し違うな、と思う出会いがあった。
ただ、そこにいるだけで、この心の闇が消えていくようなひと。
そこにいるだけで、怖いと思うすべてのことが、気にならなくなるような気持ちにさせてくれるひと。
なんだか泣いてみたくて近くに行ってみたのに、そこにいると笑顔しか浮かべられなくなるひと。
そこでもう一回、私は悟ったのだと思う。
今までもっと早くに、そう思わせてくれる誰かに出逢っておいたほうがよかったなと。


現状、そんなひとと出逢った後にも不定期に戦いは続いているのだが、
今は出来る限り乗り越えられると思えるくらいの心積もりはできている。
いつか、嵐のような戦いの火花が過ぎ去った後に、一晩中電気を点けて眠る日々が来ないように。
私は今日も、心にプロテクターをかける。



(C)Aoi Tact