娘の携帯電話は、娘がキッチンの引き出しから持ち出しておもちゃにしてしまった、穴開きお玉です。



話してる相手はまめしばくん

らしいです。
楽しそうにたくさんしゃべります
早く帰って来てほしいのだろうな、と思います。
週末私がまめしばくんに怒ったことのひとつに、まめしばくんの過度なお気楽さ

があります。
結婚前から、一緒に仕事をしたことはないから仕事での実際の様子はわからないけどという前置きのもと、そんなんじゃだめだよ
と、まめしばくんにわかりやすく言葉を選んで、そして一生懸命説明してきたつもりです。
わかりやすく説明するって私なりに得意なことなんですけど、あぁ、相手(←だめしばくん
)はなかなか手強い、なっかなか届かない
響かない人(←だめしばくん
)というのを理解してわかってもらえるようすごくがんばって説明(教育というより脅しに近い
)してきたのですが、やっぱりだめだこの人。
気持ちも新たにそう思いました。
落ち込む私にまめしばくんは、私が言うことはよく当たっていて(上司から注意されることとか。)まめしばくんのだめさの改善につながっている、と励まして(?)くれました

まめしばくんは、たとえばまめしばくんが遅刻常習犯として、遅刻が減ってきただけで「改善している
」「よくなっている
」とすごく自分をよくとらえる人。
自己肯定感が、それはそれは強いんです
でももし遅刻常習犯としたら、人からの評価は、まったく遅刻をしなくなって初めて人並み、スタートラインであり、多少改善してようとよくなってようと遅刻がある限りはまだマイナスの位置なんだよ、スタートラインにさえたどり着いてないのよ!!!と説明しました。
子供の頃とか、親にはなにも言われなかった?注意されなかったの?と聞くと、親がどうこうではなく20歳を過ぎたら責任は自分にある、と。
そうよねそうよね、私もそんな話ってするわ、親から教わる機会を得られなくても、大人になったら自分で気づいて学ぶことはなんぼでもできるもの。
今40歳、まめしばくん、後半20年なにやってきたの?
愛する娘の親として私とまめしばくんはチームであり、投げ出すことはできないので、がんばります




数年後リストラ対象になるかも、という話には、そうだと思うよ、そりゃそうでしょうよ、と、正直な気持ちを言ってます




話してる相手はまめしばくん


らしいです。楽しそうにたくさんしゃべります

早く帰って来てほしいのだろうな、と思います。
週末私がまめしばくんに怒ったことのひとつに、まめしばくんの過度なお気楽さ


があります。結婚前から、一緒に仕事をしたことはないから仕事での実際の様子はわからないけどという前置きのもと、そんなんじゃだめだよ
と、まめしばくんにわかりやすく言葉を選んで、そして一生懸命説明してきたつもりです。わかりやすく説明するって私なりに得意なことなんですけど、あぁ、相手(←だめしばくん

)はなかなか手強い、なっかなか届かない
響かない人(←だめしばくん

)というのを理解してわかってもらえるようすごくがんばって説明(教育というより脅しに近い
)してきたのですが、やっぱりだめだこの人。気持ちも新たにそう思いました。
落ち込む私にまめしばくんは、私が言うことはよく当たっていて(上司から注意されることとか。)まめしばくんのだめさの改善につながっている、と励まして(?)くれました


まめしばくんは、たとえばまめしばくんが遅刻常習犯として、遅刻が減ってきただけで「改善している
」「よくなっている
」とすごく自分をよくとらえる人。自己肯定感が、それはそれは強いんです

でももし遅刻常習犯としたら、人からの評価は、まったく遅刻をしなくなって初めて人並み、スタートラインであり、多少改善してようとよくなってようと遅刻がある限りはまだマイナスの位置なんだよ、スタートラインにさえたどり着いてないのよ!!!と説明しました。
子供の頃とか、親にはなにも言われなかった?注意されなかったの?と聞くと、親がどうこうではなく20歳を過ぎたら責任は自分にある、と。
そうよねそうよね、私もそんな話ってするわ、親から教わる機会を得られなくても、大人になったら自分で気づいて学ぶことはなんぼでもできるもの。
今40歳、まめしばくん、後半20年なにやってきたの?
愛する娘の親として私とまめしばくんはチームであり、投げ出すことはできないので、がんばります





数年後リストラ対象になるかも、という話には、そうだと思うよ、そりゃそうでしょうよ、と、正直な気持ちを言ってます

