SNDIで短期のダンス教室を開き、そこを去った 



クリスマス時期だったろう クリスマスツリー



NYで不倫とはいえ、一応青春を過ごしたNYでの1999年の夏



日本に帰ってくると、街はイベントで盛り上がっているのでなんとなく、学生時代にいつも感じていた寂しい感覚が戻ってくる



確か、年末年始は実家で過ごした



その後はすぐにまた親父の住む土地に移動したが



実家にいると、自分の人生がまるで夢だったのかと思う感覚がある



TRFと踊ったこと、NYに住んでいたこと何もかもだ



だから、時間の流れが遅い田舎は嫌いだった



実家にいると、何もすることがない



久しぶりの両親だったが、いまいちNY話でも盛り上がらない



ま、久しぶりに日本のTVを見ていたが、NYかぶれをしているそのときの私は鼻で笑っていたに違いない



そんなぐうたらなつまらない毎日を無駄に過ごしていた大晦日



除夜の鐘がなった後に家の電話が鳴った 電話



母親が電話に出ると、私を呼んだ



男の人から電話だよ ビックリマーク



私は、誰だか想像が全くつかなかった 叫び



電話を取ると、男の人の声で、『HAPPY NEW YEAR!』と外人の人だった 叫び クラッカー



驚いたが、彼はなんと、NYから国際電話をかけてきた不倫相手のTだった 叫び



ぶったまげたね



私たちは、お別れをしたのだった



私のうそで、ま、日本に帰国すると言うことで、お別れをしたのだった



どう思う?



彼にだって、沢山友達はいるだろうし、日本にもお友達がいるだろうし、他にも女は沢山いるだろうし



それなのに、日本時間の12時が回った瞬間に電話をくれた



胸がキュンキュンしたよね ドキドキ



これ、どういうことよ !!一体



奥さんの日本の家族と電話したほうがいいんちゃうんかい ビックリマーク



でもさ、正直うれしかった



NYを去って、2,3週間はたっていたが、この2000年になった瞬間



人生でこんなサプライズはなかったほどうれしい出来事でした ラブラブ!



NY lifeも一気に現実に戻ってきたのだった 合格



でもさ、そんなんされたら、マジで惚れてまうやろ 叫び



その瞬間、早くNYに帰りたいと思った



NYに行きたい、ではなく、帰りたいだった



お前は、ニューヨーカーか!?



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じぇじぇじぇ !!



知ってました はてなマーク



『別冊マーガレット』(集英社)に1986年1月号から1987年5月号まで連載された『ホットロード』が実写版映画化されることを 叫び

$BLACKNESE LIFE ★現在 NYLIFE編★-ホットロード3


以前、ホットロードについて書いた記事が⇒こちら



主演は宮市和希役で能年玲奈

$BLACKNESE LIFE ★現在 NYLIFE編★-ホットロード1


春山洋志役で三代目J Soul Brothers所属の歌手・登坂広臣

$BLACKNESE LIFE ★現在 NYLIFE編★-ホットロード2


中学の頃大好きだった漫画



20年以上も経って映画化される



実写晩は結構はずれがあるので、心配だ叫び



中学生だけど、ちょっと大人な静か目の和希をあんな元気だったあまちゃんからは想像できない ショック!



ちょーCOOLな春山、J Soul Brothersのボーカル登坂さんは現在26歳で16歳の役をこなせるのだろうかはてなマーク



ルックスは申し分ないほどかっこいいが ラブラブ!



80年代、ヤンキー時代



ヤンキー社会が復活するべきだ、と言う声を聞いたことがある



ゆとり社会で育った若者より、ヤンキー社会で育った人らのほうが社会に貢献する



モンスターペアレンツの過保護な子育てより、厳しく育てた子供のほうがたくましく育つ



そんな世の中この漫画が映画化



何ででしょうねぇ



あの時代の話を、今どのように表現していくのだろうかはてなマーク



楽しみです ニコニコ

$BLACKNESE LIFE ★現在 NYLIFE編★-ホットロード4


主題歌はなんでしょうねえ はてなマーク


J Soul Brothersかな はてなマーク



私は、尾崎豊でいいと思うが 叫び





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いつも、私のブログに遊びに来てくださってる読者の皆様、また、初めて訪れて下さった方、ありがとうございます ニコニコ



毎週火曜日にブログを書き溜めているのですが、ポジティブ思考の私が、おおげさかもしれませんが、最近、人生最大の壁にぶつかっておりまして、精神的にネガティブになっておりますカゼ



その為、今週ブログを更新することが出来ませんでしたしょぼん



身の回りのこと、日本の家族のこと、将来のこと、人間関係



生きてると、いろいろありますねショック!



また、来週にはきっと元気になると思いますので、もうしばらくお待ちください



それではパー



Android携帯からの投稿
話し忘れていた 叫び



NYに来てすぐに、TRFコンサートで仲良くなったHちゃんからNYのアパートに電話が来た 電話



話を聞くと、彼女が通っているダンススタジオに今年のSMAPツアーのダンサーの仕事が来ているらしく、一人の空きが出て、出れる人を探していて、私はどうか?という電話の内容だった



私は、ぶったまげた 叫び



SMAP?????



長年ファンで、キムタクのファンでコンサートには何度も足を運んでいた



あの憧れのSMAPに会える 叫び



やりたかったが・・・・・・・



スケジュール的に不可能・・・・と判断した しょぼん



だって、NYに来たばっかりだし、往復のチケットも買ってるし、あまりにも不可能すぎた しょぼん



がっくし しょぼん



その後彼女は、リハーサルを終え、SMAPツアーに同行し活躍しておりました



その年いっぱいはSMAPとの仕事が多く、TVの音楽番組、もちろんSMAPXSMAPにも出演していたビデオを見ました



うらやましかった むっ



しばらくは、SMAP話で盛り上がった



ご飯を一緒に食べたり、一人一人の素の性格を教えてくれたり、これはもううらやましい限りのお話ばかりでした ニコニコ


そんな中、恋多き彼女は、ツアー中マジで慎吾ちゃんに惚れてしまい、最後にラブレターで告白したそうな ラブレター



もちろん、それらの行為はルール違反



もちろん応答なしでしたが しょぼん



その後彼女とは連絡を取り合いましたが、私がNYに残ると決めたことを報告したときから連絡が途絶えてしまいました 叫び



彼女とはNYから帰ってきたら一緒にチームを組もうと約束をしていた



飛行場まで見送りに来てくれた



そんな彼女は私を信じていたのだった



それを裏切ってしまった



本当に彼女には申し訳ないことをしたと思っています しょぼん



私が人生で人を裏切ったことはこれ以外はありません



彼女にはのちに手紙で謝罪をしましたが、もちろん返信なし



今でも元気に活躍していることを祈っています



本当にごめんなさい








あの時、SMAPと出会ってたら、キムタクと結婚できたかなぁ (///∇//)



キムタクが結婚したのはこの年の翌年でした



私が先に出会ってればなぁ



なぁ~んてね べーっだ!






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約半年振りのSNDIへ帰郷



それほど変わってはいなかったかな べーっだ!



生徒たちと再会 ニコニコ



うれしかった



みんなダンスを続けていてくれたのもうれしかった 音譜



確か私が開いたダンスレッスンはJAZZ、HIP HOP,OLD SCHOOL HIP HOP,HOUSEの4レッスンだったかな



生徒が来やすい様に夜にした 星空



前からの生徒全員、彼女らの友達、聞き込みで駆けつけた初めての生徒もいて、どこからか聞いたのか新しいお客様方、お年を召した方もチラホラ ニコニコ



びっくりしたし、うれしかった ニコニコ



今回はしっかりとしたダンススタジオなため、スペースはいくらでもあった



受講費は前まで600円だったところ、1000円



これでも、他のダンス教室よりははるかに安かった



しかも、2時間以上の長いレッスン



お得だと思うよ べーっだ!



毎レッスン30人ぐらい集まったかな



私も本場NYで修業してきた身なので、レッスン内容には自信があった



生徒たちも私が成長したのを実感してくれたに違いない べーっだ!



満足したレッスンでした



レッスンの後にはNY本場の土地で現在流行っている曲のミックステープの販売 CD



$5で買った何枚かのCDをテープにダビングして40本ぐらい作ったかな



1000円でさばき、完売 チョキ



ま、儲けましたな べーっだ!



稼いだお金で、スタジオ代を払って、手伝ってくれた生徒に少し払ってもお金は残った



なかなかのビジネスでした べーっだ!



みんなに、これからはNYで活動することを報告して、そりゃーみんな驚くよね 叫び



サウンド的にかっこいいよね べーっだ!



生徒の中には翌年の夏休みにでもNYに遊びに来る約束をした人もいた



私の中では次いつこの土地に戻ってくるのか分からない感じ、というか最後だろうと思っていたが、



とりあえず、『またね』と言って別れたのだった




これが、私にとって、日本でのダンス活動は最後であったのだった




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