私たち女3人になったダンスチーム『阿修羅』はクラブでの初お披露目を終えてからも、数々の仕事をこなしていった。



X`MASクリスマスツリー時期は特にいろんなところでイベントがあるわけで、私たちは、バンドの方々とクリスマスLIVEも結構でかいとこで行われたこともあった。



パフォーマンス曲13曲とかもっと!



これは、あらゆるジャンル、バラードからポップスといろんな技を磨けるチャンスだった。



ま、こんなときにオーディション雑誌で見つけ、さらに夜中の再放送の番組でもめっけ目したTRFが募集するバックダンサーオーディション、しかもビックリ地方オーディション、SNDI市もありーのでチョーアゲアゲあげの私。



このとき、やっぱちょっと都会に住んでて良かったナーと思いました。



田舎にはチャンスはないとつくづく思いましたね。




早速姉ちゃんにも連絡携帯



イヤー、頑張らないとねー。



いよいよ腕試しのチャンスですよ。



今まで頑張ってきた私たちのダンスが通用するのか?



早速、オーディションに向けて練習内容の調整に入るべしミーティングを持ったところ。



Aさんが・・・・・・・・・・・・・・



話し始めた。



『私・・・・・・・・みんなみたいに若くないし・・・・・・・彼(元リーダーこと、おっちゃん)とのこともあって、この街を出たいし、ダンスに携わっていたくない・・・・・・・・・・・・・』



と、つまり、この街にいていつかおっちゃんと会うのをビクビクして生活したくなく、ダンスをやってると思い出してしまうし、またどこかで会いたくないと、おっちゃんのことを忘れたがっていた。



で、とりあえず、実家に帰るそうだった・・・・・・・・・・



何故、今か?



それは、オーディションの事を考えると、Aさんはすでに30代半ば。



今の年齢で、今からバックダンサーのオーディション?



ビジュアルを考えてもいくらTRFのバックでも、実際若手ではない私がバックにいるのは怖いドクロと、ジョークを交えても言っていた。



現実的には確かだが・・・・・・・



私は、実際何も言うこと、止める理由はなかった。



進む道が違うなら、一緒にいる意味がない。



おっちゃんを忘れたい、ダンスをしたくない右矢印だったら、私らとも会いたくないでしょう?



Aさんのことを考えてもそれがいいのかもしれない。



これは、しょうがないよ。



私たちは、Aさんとこの話をした日が最後だった。



こっちからは連絡できないよ。しょぼん



実家も知らない。



実際、Aさんの苗字さえ知らない。



そりゃー、悲しかったし、悔しかったし、寂しかった。



実際、自分の夢の中で男男の子女の子の関係にはなりたくない、ときっぱり思いましたね。



男と別れたからダンスをやめる。



初めから夢じゃなかったんだよ シラー



私とは違うねー。



私だったら、ダンスは続けるねー。



Aさんはだんすのきっかけは男やもんなー。しょうがないかー。



私のこの時点で出来た人生の教訓①『ダンサーに惚れない。』



お別れもろくに出来なかった。



残されたのは姉ちゃんと2人のみ。



私はこの世界に招いてくれたAさん。基礎からパフォーマンスするまで育ててくれた主将おっちゃんもいなくなった。



おっちゃんがいなくなってからすでに私にダンスを教えてくれる人はいなかったので、変わらないが、ビジュアルで有名だったAさんがいなくなるのは惜しかった。



と、私には落ち込んでいる暇はなく、私たちの将来を考え始めていた。



ガキだった私ははっきりいって、2人を恨んだ。



何が夢じゃ、何が家族じゃ、何がNY一緒に行こう!だ。



離れたら意味がない。



叶えれない夢なら、叶う気がないなら簡単に約束するなよ!



と、頭では葛藤していた。



また、見とけよ!2人が叶えれなかった夢を私らは実現してやる!!と維持になっている私もいた。



ま、これが私の人生のバネになったわけです。



私は、これから去っていった2人の話は避けるようにした。




私は大学4年生。



この土地にいるのはあと1年。



とりあえず、NYに旅立つ前に日本で腕試しでもしよう!LAST YEAR!でした。



これから、オーディションに向けて練習開始です!



初のダンスオーディション。



どうなることやら・・・・・・・・汗


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