彼氏にもふられガックリ他の人にも告白してふられガックリ、もてない現実の言い訳に、『ろくな男はいない』と、近場では男女がいちゃいちゃと楽しい高校生活を送っている中、私は遠い存在のお方に恋をしてしまった。



SMAPの木村拓哉だった・・・・・・。



受験シーズンの中、ドラマの話で盛り上がれるわけもなく、学校の友達とは、あまり語った記憶はない。



私は、当時、TSUTAYAと本屋が大好きで、学校帰り、時間のないときは必ず行っていた。



そして、家ではTVテレビが大好きで、ドラマやら、音楽番組を録画しては、親の目を盗んでは見ていたものだった。



キムタクとの出会いは、『あすなろ白書』だが、その後、『若者の全て』『人生は上々だ』と、引き続きドラマに出まくった。



本屋では、キムタクが出ている雑誌を買い、キムタクが出ている本などを立ち読みしては、SMAPの歴史を学び、レンタルでは今までのライブビデオやCDを借り、何度も同じものをレンタルしていたものだった。



私の実家ではTV東京辺りが見れなく、SMAPの番組で見れたのは『夢がMORIMORI』ぐらいだったかなー。



でも、たまに深夜で『愛ラブSMAP』とか、『キスした!SMAP』とか見れたときもあった。



私は、キムタクが出る番組全てを録画した。



そうそう、その当時コンビにローソンで限定ジャニーズワールドSMAPというビデオを発売していたわけですよ。



もちろん、全て購入。



そして、高校生の私も少しは成長して、いつもVHSで見ているコンサートに行きたくなったわけです。



情報によると、ファンクラブに入らないとチケットが手に入らないとのこと。ショック!



早速、ファンクラブに入会。



3ヶ月に1度か会報が送られてきたときはうれしかったね。



そして、いよいよライブのチケットを発売開始。



しっかり2枚購入できましたよ。



そのライブは95年の12月末のWINTER CONCERTの特別に設置された東京にある、代々木ホワイトシアターだった。



でもね、実は、一緒に行く人がいないじゃん。



受験シーズン、東京だよ。



SMAPファンなんて誰も知らないし、東京になんて行ける友達いないよ。



でもね、実際は中学のときの部活のパートナーがSMAPファンだと、発覚。



無事、友達GETチョキ



ちょっと、東京になんて、修学旅行以外で親なしで来るの初めてだった。



東京だぜーーーーーーーーーーーーーーーーー。



都会だよなー。



原宿までたどり着けるかなー?



結構簡単でした。



でね、会場に近づくにつれ、緊張したノー。ショック!



だって、キムタクに会えるんだよー。



って、自分ひとりは特別だと思っていた。



簡単に出会えると思っていた。



きっと、私に気づいてくれるとも思っていた。



でもね、そんなの思っている人、死ぬ程いた。



会場に近づくにつれ、いかにもSMAPファンらしき人が沢山いた。



グループでおそろいの洋服着てたり、応援道具を持ったり、手作り内輪をもったり。



途中で、紙を渡された。



歌によっての応援の仕方などが書かれていた。



私は、そんなみんなから突き放された気分だった。



こんなに、キムタクの事を好きな人なんて自分ぐらいだろうと思っていた私が、あまかった。しょぼん



でもね、自分のシートにたどり着いたとき、奇跡が起きた。虹




なんと、一番前なのーーーーーーーーーーーーーーーー。



びっくり打ち上げ花火



ちょっとーーーーーーーーーーーーーーーーー、マジ一番前。



こりゃー、キムタクに必ず見られるだろー。



と、気合入った。



のちに、近くの席の女の子一人が、この席を30万円で購入したとのことで、驚いた。



このコンサートの大晦日カウントダウンではTVにも中継されるので、50万円は超えるだろうとのこと。



と、自分のチケットはわずか6000円程度。



新幹線代も高いなー、と思っていた私、あまかった。



この人たちは、このために仕事とかしてるんだろうなーと思った。



私には、そんな金出せないな。



私の愛は足りないのでしょうか?



私は、そのとき、そう感じだ。



これが、私の愛の深さはお金と比例するという考え方の悪い癖の始まりだったのだろう。



ライブ中は、マジで、生キムタクが出てきたときは体が固まった。



マジだった。



よく見えた。



まん前にいた。



マジで、泣きそうになった。



SMAPの後ろで踊っているバックダンサーをうらやましく思った。



ライブはあっという間だった。



会場を出ると、東京駅に急いで新幹線に乗らなくてはいけなかった。



現実に戻ると、一気に落ち込んだ。しょぼん



なんか、遠距離中の彼に会いに行き、次いつ会えるのか約束もしないで別れたかのようなシチュエーションのようだった。



東京の街に憧れた夜の街



だって、キムタクが住んでる街だもの。



確実に地元より、会えるチャンスがあるもの。



大学はSNDI。地元より、東京に近いさ。



少しは、近づいた。



こんな感じで、私の高校生活は終わった。



ダウン私が、初めて行ったSMAPコンサートのメインソング音譜ドラマ、『人生は上々だ』の主題歌にも使われた、『俺たちに明日はある』これが、当時の映像です。


私が、生で見た一番近いキムタクです。