高3の春
、受験勉強が終わり、これからの大学生活を楽しみにいしていた時期
、バイトに明け暮れていた私。
あるとき、久しぶりの通学だった。
私は、いつも家を出るときにポチに『いってきマース
』をする。
その日、普通に帰宅したとき・・・・・・・・ある異変に気づいた。
いつも通りに、ポチ
の小屋に会いに行くと、ポチがいない・・・・・・・・・
家に入って母ちゃんに、
私 『お母さん、ポチがいないよ!
』
母 『・・・・・・・・・・』
私 『ポチは、どこ?』
母 『もう、いないよ・・・・・・・・・』
私 『・・・・・・・・???????何言ってるの?』
母 『保健所に連れて行った。』
私はそれで理解した。
私 『なんで、勝手にーーーーーーーーーーー



ひどいよーーーーーーーーーーー。
犬殺しーーーーーーーーー。
このくそババぁーーーーーーーーーーーーーーー。』
私は、久しぶりに取り乱した。
部屋にこもり、泣き続けた。
母とはしばらく口を利かなかった。
母の事はさらに嫌いになった。
早く、家を出て行ってやる。
ポチとは、11年間の思い出がある。
少なくとも8年は私が面倒を見ていた。
毎日散歩して、一緒に勉強して、近所からの苦情もあり、でも、私は大好きで、私の家族だった。
ポチのために私は旅行に行かなくなった。
でも、平気だった。
ポチが好きだから。
ポチは、死んだ。
大分前に、私の進路を決めるとき、母と話したことがあった。
母 『お前が大学のために家を出たなら、ポチはもう飼えないね。山に放すか、保健所行きだね。』
この話をするたびに母を嫌いになった。
が、現実問題、確かに難しかった。
犬を飼うことは兄が決めたが、私も協力して、私たちが面倒を見るという約束だった。
母は、もちろん散歩をしないわけで・・・・・・
父は、青森で単身赴任で、私が大学に行ったら母は父の家でほとんどを過ごす予定で、実家を留守にすることが多くなる。
バス
移動や、電車移動では犬を運べない。
他に飼う人を探すと言っても、11歳の犬を欲しい人なんて、いないだろう。
友達はみんな犬を飼ってるし。
そんな感じで、それ以来、その話に触れることはなかった。
いくら、鬼母でもポチを捨てることはしないだろう。
と、信じていたが・・・・・・・・・
その日はきてしまった。
ポチ、ごめんね。
助けてあげられなくて・・・・・・・・
ぽち、ごめんね。
幸せだったかな?
ポチ、ごめんね。
もっと、遊んであげればよかったかな?
ポチ、ごめんね。
お別れも出来なかったね。
本当にごめんね。
それから、しばらくは母とポチのことを話すことはなかった。
さすがに、東京にいる兄貴に連絡した
私 『かあちゃんが、ポチ殺したよ。』
さすがに、人間らしくない兄貴も悲しんでいた。
私は、実家を出るまで、毎日ポチの小屋に行った。
がらーんとした小屋。
こんなの見たことがなかった。
毎朝、いつもと同じように目が覚めるが、もう散歩はできない。
散歩がない日なんて、送ったことがない。
複雑だった。
母の事は許せなかった。
人間じゃねー。
大学に行ってから、里帰りをしたとき、ポチの小屋があった場所は、きれいに片付けられていた。
昔、子供のころ、ポチが悪さをすると、決まって、『保健所に連れて行くよ!』と、脅されていた。
『保健所に連れて行かれると、どうなるの?』
『ガスで殺されたり、獣医さんになる人たちの勉強道具として使われたりするらしい。』
つまり、獣医になる人たちの練習代として、手術とかの練習とか、薬が効くかとか、つまりハツカねずみのように使われる。
そんなのを聞かせられていたので、怖かった。
ポチは、どうなったんだろう。
あれは、確か、私が日本を出てから結婚して、初めて日本に帰ったとき、親と和解したあとに、ポチの事を聞いた。
私 『ポチをあの時どうしたの?』
母 『友達と保健所を探して、連絡をして、友達が車を運転できるので、2人でポチを連れて行った。
コンクリートの壁の冷たい建物の中にポチは連れて行かれた。
ポチは、最後まで泣いていた。
どうするかは話さなかった。
何日かして、電話を貰い、葬式に花を置きに行った。』と・・・・・・・。
ごめん、今私、マジ泣きしてる。
大人になった今、私は、母も、そのときは辛かったんだろうな、と思った。
母曰く、私にはそれが出来なかっただろう、と。
相談しても、決断は出せないし、そんなことして、大学に行かないわけにもいかない。
確かにそうだが。
大人になり、よく友達とペットの話をしたりすると、ポチの事はうそをつく。
保健所で殺した、なんて言えないよ。
昔はサー、野良犬が多くて、確かにすぐに保健所に連れて行かれたものです。
今は、法律が変わって、いろいろ違うと思うけどね。
この出来事は、私の心に刻み込まれています。
一生忘れないでしょう。
私は、ひどい飼い主です。
本当に、ごめんね・・・・・・・ポチ。
私の事なんて、思い出したくないよね。
でも、わたしは、ポチがいてくれたおかげで、幼少期は楽しく過ごせました。
最後に交わした言葉は、『いってきまーす。』だったね。
それは、実際は、ポチが言いたかったことだったのか・・・・・・・・・
ポチは、なにかに気づいていただろうか?
ポチ、本当に沢山の思い出ありがとう。
そして、本当に、ごめんなさい。
私は、これ以来、ペットを飼うときは、里親探しをしている犬猫を引き取るようにしたい。
しかも、生まれたてではなく、少し大きくなって人気のない子達を。
雑種でもかまわない。
今、飼っている猫は子供のようにかわいがり、生涯を共にしたい。
うちのねこも、飼っていた夫婦が離婚して、もうたくさんのペットの面倒が見れないとかで、家を失いそうなのを貰ってきました。
すでに3歳でした。
現在は、私たちは幸せです。
ポチの代わりじゃないけど、しっかり、後悔しないように人生を共にしたいと思います。
、受験勉強が終わり、これからの大学生活を楽しみにいしていた時期
、バイトに明け暮れていた私。あるとき、久しぶりの通学だった。

私は、いつも家を出るときにポチに『いってきマース
』をする。その日、普通に帰宅したとき・・・・・・・・ある異変に気づいた。

いつも通りに、ポチ
の小屋に会いに行くと、ポチがいない・・・・・・・・・
家に入って母ちゃんに、
私 『お母さん、ポチがいないよ!
』母 『・・・・・・・・・・』
私 『ポチは、どこ?』
母 『もう、いないよ・・・・・・・・・』
私 『・・・・・・・・???????何言ってるの?』
母 『保健所に連れて行った。』
私はそれで理解した。
私 『なんで、勝手にーーーーーーーーーーー




ひどいよーーーーーーーーーーー。
犬殺しーーーーーーーーー。
このくそババぁーーーーーーーーーーーーーーー。』
私は、久しぶりに取り乱した。
部屋にこもり、泣き続けた。
母とはしばらく口を利かなかった。
母の事はさらに嫌いになった。
早く、家を出て行ってやる。
ポチとは、11年間の思い出がある。
少なくとも8年は私が面倒を見ていた。
毎日散歩して、一緒に勉強して、近所からの苦情もあり、でも、私は大好きで、私の家族だった。
ポチのために私は旅行に行かなくなった。
でも、平気だった。
ポチが好きだから。
ポチは、死んだ。
大分前に、私の進路を決めるとき、母と話したことがあった。
母 『お前が大学のために家を出たなら、ポチはもう飼えないね。山に放すか、保健所行きだね。』
この話をするたびに母を嫌いになった。
が、現実問題、確かに難しかった。
犬を飼うことは兄が決めたが、私も協力して、私たちが面倒を見るという約束だった。
母は、もちろん散歩をしないわけで・・・・・・
父は、青森で単身赴任で、私が大学に行ったら母は父の家でほとんどを過ごす予定で、実家を留守にすることが多くなる。
バス
移動や、電車移動では犬を運べない。他に飼う人を探すと言っても、11歳の犬を欲しい人なんて、いないだろう。
友達はみんな犬を飼ってるし。
そんな感じで、それ以来、その話に触れることはなかった。
いくら、鬼母でもポチを捨てることはしないだろう。
と、信じていたが・・・・・・・・・
その日はきてしまった。
ポチ、ごめんね。
助けてあげられなくて・・・・・・・・
ぽち、ごめんね。
幸せだったかな?
ポチ、ごめんね。
もっと、遊んであげればよかったかな?
ポチ、ごめんね。
お別れも出来なかったね。
本当にごめんね。
それから、しばらくは母とポチのことを話すことはなかった。
さすがに、東京にいる兄貴に連絡した

私 『かあちゃんが、ポチ殺したよ。』
さすがに、人間らしくない兄貴も悲しんでいた。
私は、実家を出るまで、毎日ポチの小屋に行った。
がらーんとした小屋。
こんなの見たことがなかった。
毎朝、いつもと同じように目が覚めるが、もう散歩はできない。
散歩がない日なんて、送ったことがない。
複雑だった。
母の事は許せなかった。
人間じゃねー。
大学に行ってから、里帰りをしたとき、ポチの小屋があった場所は、きれいに片付けられていた。
昔、子供のころ、ポチが悪さをすると、決まって、『保健所に連れて行くよ!』と、脅されていた。
『保健所に連れて行かれると、どうなるの?』
『ガスで殺されたり、獣医さんになる人たちの勉強道具として使われたりするらしい。』
つまり、獣医になる人たちの練習代として、手術とかの練習とか、薬が効くかとか、つまりハツカねずみのように使われる。
そんなのを聞かせられていたので、怖かった。
ポチは、どうなったんだろう。
あれは、確か、私が日本を出てから結婚して、初めて日本に帰ったとき、親と和解したあとに、ポチの事を聞いた。
私 『ポチをあの時どうしたの?』
母 『友達と保健所を探して、連絡をして、友達が車を運転できるので、2人でポチを連れて行った。
コンクリートの壁の冷たい建物の中にポチは連れて行かれた。
ポチは、最後まで泣いていた。
どうするかは話さなかった。
何日かして、電話を貰い、葬式に花を置きに行った。』と・・・・・・・。
ごめん、今私、マジ泣きしてる。
大人になった今、私は、母も、そのときは辛かったんだろうな、と思った。
母曰く、私にはそれが出来なかっただろう、と。
相談しても、決断は出せないし、そんなことして、大学に行かないわけにもいかない。
確かにそうだが。
大人になり、よく友達とペットの話をしたりすると、ポチの事はうそをつく。
保健所で殺した、なんて言えないよ。
昔はサー、野良犬が多くて、確かにすぐに保健所に連れて行かれたものです。
今は、法律が変わって、いろいろ違うと思うけどね。
この出来事は、私の心に刻み込まれています。
一生忘れないでしょう。
私は、ひどい飼い主です。
本当に、ごめんね・・・・・・・ポチ。
私の事なんて、思い出したくないよね。
でも、わたしは、ポチがいてくれたおかげで、幼少期は楽しく過ごせました。
最後に交わした言葉は、『いってきまーす。』だったね。
それは、実際は、ポチが言いたかったことだったのか・・・・・・・・・
ポチは、なにかに気づいていただろうか?
ポチ、本当に沢山の思い出ありがとう。

そして、本当に、ごめんなさい。
私は、これ以来、ペットを飼うときは、里親探しをしている犬猫を引き取るようにしたい。
しかも、生まれたてではなく、少し大きくなって人気のない子達を。
雑種でもかまわない。
今、飼っている猫は子供のようにかわいがり、生涯を共にしたい。
うちのねこも、飼っていた夫婦が離婚して、もうたくさんのペットの面倒が見れないとかで、家を失いそうなのを貰ってきました。
すでに3歳でした。
現在は、私たちは幸せです。
ポチの代わりじゃないけど、しっかり、後悔しないように人生を共にしたいと思います。
