高校の通学には思い出がある。自転車



前にも言ったが、私の通学路にはものすごい長い坂道がある。



私の中学出身の生徒たちのほとんどがこの坂道を通らなければいけなかった。



そのために生徒の中にはこの坂道のためにすごい機能の変速のついた自転車を購入してた人もいた。



私のチャリはというと、中学から使っているものだった。



私の変速はごく普通の軽・中・速かなんかだったかな?



その坂道を通るときにはいつも根性試しをした。プンプン



一気に上ることが出来るか?



3年間のうち、何度かあった。



でも、途中、変速が壊れて私の自転車は常にだった。



つまり、めちゃめちゃ重いのだ。



これで、この坂を上るのは不可能になったのだ。



一方、帰りは楽だった。



坂道を下る。



ここで、また根性試し。



ブレーキをしないで坂を下りきる。



実はこれを冬の雪道雪でやったところを担任が見ていたようで、三者面談で心配された。



『BLACKNESEさんは元気があっていいですね。雪の日も自転車で。この前、坂道をものすごい勢いで下っているのを見かけましたが、注意してくださいね。』と。



でも、マジじゃなくて、先生の裏の声は『やるねー』と盛り上げているかのようだった。



私は、何故か、遅刻と欠席が嫌いだった。



皆勤賞じゃないけど、インフルエンザの休みは欠席にならない。



バスの遅れの遅刻は遅刻にならないといううわさを聞いたが、私は表彰されてもいない。



狙っていたわけじゃないけど、母が中学のときも高校になっても皆勤賞を狙えと言っていたのを覚えている。








チャリ通は私の田舎の冬雪の結晶には不可能なときもあった。



雪が降りすぎて、自転車を漕げない。



雪が固まり道路が凍り始めたりすると、自転車はOKだ。



雪が溶けた次の日は最悪。



はっきり言って、スケートリンクの上を自転車で漕いでるような感じです。



慣れないときはよくブレーキをして転倒。



氷の上での運転はブレーキでコントロールしたらおしまいだ。



ブレーキを使わないように運転するのだ。



肩の骨を脱臼したこともあった。



何度もこけて、かごがつぶれた。



どうしてもチャリを使えないとき、1本だけ通っている高校まで行けるバスバスがあった。



でも、私のバス停に到着する頃には満員で乗ることすら難しかった。



40分ほど押されっぱなしで、めちゃめちゃ湿って臭いし、しかもどうせ遅刻。



実はそれに私の元彼ハートブレイクのてちゃんが乗っているのだ。叫び



でも、彼は始発辺りで乗れるので決まって一番後ろに座っていた。



私は、それからバスは一度も使わなかった。



友達は、冬の間は毎日バス通学バスだったので、私一人の通学になった。



たまに、私が雪の中、チャリで校門を通るときにそのバスが到着して雪まみれのたくましい私のひどい姿をてっちゃんに見られたときは最悪だった。ガーン



それから、私は徒歩通学を始めた。



これで、遅刻なしで、しっかり傘をさせるので、無様な姿になる必要はなくなった。



でも、通学時間は徒歩1時間は越えたよね。



通学のときは、ウォークマンヘッドフォン音譜を聴いたり、試験のときは教科書見ながら通学したりで、充実してましたよ。








チャリ通のおかげで、私のモモはまさしく太ももになった。



部活のテニステニスと言う理由もあるが・・・・・・・・



あ、ダンスもやってたかー。



あの坂道は今では新しい道路が開き、滑らかな長い坂道となりました。



緩やかな長い坂道もチャリには結構きついだろうけどね。



高校生の諸君、チャリ通頑張ってね。