学生時代、多くの人が通る反抗期プンプン



私の兄貴の場合は、男なので、家の中でどうこうすることはなく、喫煙タバコしたり、バイクを乗り回したり、学校に行かずバイトに明け暮れ、コンパ活動などを盛んに行い、勉強はしない。



自分の好きなことを全てできると、親に対しての反抗はない。



一方、女の子女の子の私はというと、ハンパない。



今でも親が言ったことを覚えている。



『男より、女の反抗期のほうが恐ろしい叫びと。



私は、悪いことはなにもしない。



勉強はする。



ただ、私の母親ははっきりいってうるさい。



声がでかく、しゃべりまくり。



今になると、私もその血を引き継いでるのを感じるが・・・・・・・・



私は、普段はおとなしい。



だが、ストレスを溜め込んで一気に爆発する爆弾



私が嫌いなのは、確認する前にダメ出しをされること。



『宿題はやったの?』とやったあとに、まるでやってないかのように怒られモードで言われる。



母の問題は誰からも言われるが、話し方が怖い。



話し方がけんかごし。



それは、本人も自覚しているが、それが母である。



反発した理由ははっきりとは覚えてないが、親と話したくないときはたくさんあった。



高校のときは母と私の2人暮らし。



家に帰ると母がいる。



高校の時は、部活だの、恋愛だの、将来の事を考えたり、子供ながらにして、精神的に忙しいものだ。



勉強は強制的にやらせられ、良い結果が出ない。



たまにいい結果が出ると親は一度褒めてくれるが、その余韻には浸らず、先に進む。



だが、悪い結果が出ると、これぞとばかりに怒られその日からの勉強方法を変えられ、私の生活が変わる。



学校もつまらないし、家でも自由がない。



そこで、戦争だ。



とにかく、何を言われてもむかつく。



でも、母はそれに漬け込んで責めてくる。



そっちがその気なら戦ってやるよ。



私は、実は今でも変わらないが、叫ぶ!(怒鳴る)物を投げる。



さすがに母に叩かれたか蹴られたか、はっきりとは覚えていないが、私も母を蹴飛ばしたことはあったかな?



セリフとしては、数々の不良映画から学んだもの勢ぞろい。



『くそババア』は当たり前。



もちろん『死ね。』もありーの。



『生まれてくるんじゃなかったよ。』



『子供は親を選べねェんだよ。』



と、これとともに、私がやるのは母の大事なものを破壊する。



当時住んでた家は親父が建てた大事な家です。



その壁を壊すんだなー。



物を投げて、壁に穴開けた。



母は手が器用で、母の作品は家中にある。



中でも、紙粘土(今ではなんて言うんだろう?)で作るフラワーアレンジメントブーケ1



これまた、プロ並みのレベル。



今の時代の人間だったら、十分ビジネスになったでしょう。



バラの作品。



これまた小さいものではなく、高さ1メートルぐらいになるかなー?花瓶を入れて。



その花瓶、玄関のコンクリートに叩きつけた。



他のもやったと思う。



これらは母の宝物で、花びら一枚割れただけで悲しんでいるのに、私は丸ごと粉々にしてしまった。



作るのに何ヶ月もかけ、引越しのときも大事に運び、それで綺麗に飾ってあるものを私は壊した。



でもね、私って親に誤れと言われたことがない。



母も悲しすぎたのか?誤っても花は帰ってこないので、意味がないのか?



私は、いまでも誤ることが苦手だ。



母が怒ることで傷ついても母は分かってくれない。



母が誤ったのも見た事がない。



私は、心理的に考えると、つまり、言い訳は、私が起こした行動には意味がある。



言われたくないことを言われていて、それを止めなかったから私はそれを阻止するために物を使って、相手を威嚇する為に投げつけて一時的な音でその争いを一時STOPさせる。



そのため、その時はマジで母の大事なものを壊したことを全く悪いと思わなかった。



むしろ、そのおかげでこの争いは終わったぜ。と、歓心。



人間腐ってたよ。



ま、このことを振り返って反省したのは日本を出た後ですけど、それまでは、親に感謝したこともないし、逆に親の言いなりに生きてやってるんだよ、としか思わなかった。



今でこそ、親は『お前はいい子に育ったね。』と言ってくれますが、一言多く『さすが私の娘。私の育て方が良かったのねー。』



それは、違う。



私が今のような人間になれたのは、自分一人での人生の経験のおかげだ。



まあ、ポジティブに考えると、私の学生時代の経験のおかげで、親に親なしでも立派に生きていけるんだよ!と見せ付けるための根性が付いたことには自分の人生を誇りに思えることには感謝する。



幸せな学生生活を送っていればきっと根性は付かなかったと思う。



日本を離れ、日本をありがたく思い、大人になりひとりの人間として、私の両親が送ってきた様な人生を私には出来ないから、今では人間として尊敬できるのだ。



2人の子供を何不自由なく育て、家を建て、2人の子供を大学まで卒業させた。



私には出来ない。



子供を育てることも、家を買うことも。



昔ながらの古い仕来りの元で両方の家族付き合いも大事にしての人生。



私には出来ない。



そんな両親が明日から、日本からLNDNイギリスに遊びに来ます。



残り少ない親孝行を悔いのないように頑張りたいと思います。



毎回会うたびにドラマがありますが、今回は何事も起こりませんように虹



旦那も、大人しくしていてくれ、全員をコントロールするにはエネルギーが必要です。



神様がいるのか分かりませんが、どうか見守っていてください。