学校中学までは、クラスでは、班があったものだ。


小学、中学と、私は、ほとんど班長をやっていた。
小さい子供だったが、人気者であり、みんなを仕切れるほどのパワーがあった。


確か、中学では、2年になるとき、クラス替えがあったが、3年になるときはなかった。
ということは、ひらめき電球これで、中学生活が決まる!!


実は、私の担任は3年間一緒だった。


母曰く、先生は、私のことを気に入ってる。今は、いろんな事が考えられるが、(ロリータか?変体か?)当時は、そんな発想はなく、素直にうれしかった。


で、新しいクラスは、学年の悪ヾ(▼ヘ▼;)がそろった。
私は、女友達とつるむのが嫌で、(女って、グループを作っては対決して、友達の取り合いなどして、無駄なバトルをし、あのこを無視しよう、とか、ねちねちしてうざかった)女は部活テニスの仲間がいないのが残念だったが、それ以外は関係なかった。


で、気になるK君(既に登場済み。今後も登場予定)とは、クラスがバラバラになった。
が、隣のクラスだったので、会いやすかったのだラブラブ!


班長の話に戻ると、私は、あるとき、先生と話をしたときに、不良どもをみんな私の班に入れるというのだ。


先生の考えは、『BLACKNESEちゃんと一緒の班だと、みんな楽しく学校に来ると思う。』と、いうのだ。


というのも、学校のみんなはやつらを怖がって、無視をする。


私は、ヤンキーが好きだったものですから、普通に話すよね。


そうすると、やつらは、いろいろ話すのよ。


『昨日さー、族のやつらと単車乗り回してよー・・・・・・・』とか、


私、『すげえじゃん。かっこE-----。』とかいって。


『昨日さー、隣の市のやつらとけんかしたよ。もちろん勝ったぜーーーー。』


私、『やっぱりねー。』


変形制服が出来上がり、私『すげー、そんなのどこでつくれるの????』


ってな感じ。


で、班員もほとんど2年間変わらず、場所も常に2班。何人か同じ班に入れなくても、隣同士の、4班で、みんな近くで座れるように。


女子のメンバーは、一人。そのこも、ちょっと不良チームに入っていた女の子。
でも、私達は、とても仲良しで、2年間一緒の班で、制服を一緒にいじった仲間でした。


私の中学は、ハンドボールが強かった。


中学なので、出場校が少ないのもあるが、うちの学校の伝統では、ヤンキーがハンドボールに所属し、つまり、けんか同然で、優勝してくるのだ。


私の親友の女の子は、結果、国体まで上り詰め、オリンピックには、怪我で出ることが出来なく、引退した。


思い出では、受験勉強。


なぜか、担任の先生は、夏休みとかに、不良どもを集めて、特別授業をした。
それには、私も含まれていた。
というのも、私はそこそこ頭が良かったが、もうすこしがんばれば、もうひとつ上の高校に入れるということで、私の勉強をサポートしてくれたのだ。


もちろん、不良どもを学校に誘うエサでもあったが。


やつらは、勉強を遅くにはじめ、その時は、私はみんなの勉強を手伝った。


夜間の高校に入学できたやつもいるし、何校も落ちるやつもいた。
みんながんばったよね。




そりゃー、楽しいだけじゃなかったけど・・・・・・・
なんせ、相手は、不良ですよ。
ふざけて、運動着をはさみで切られたこともある。
頭を手で殴られたこともある。蹴られたこともある。


でも、その時は、私も戦う。


相手は、でかい男だもんね、いつもきれいな彼女がいるやつらは、我に帰ると、反省する。


私は、偏見の眼で見られていた彼らを好きだ。


心は、誰よりもピュアだもの。


世の中に反発して、ルールに添えないだけだ。


今頃、みんなどこで何やってるんだろう?


大学になっても、連絡取り合っていたが、私が、NYに行き、コンピューターが雨漏りで、塗れて、壊れてしまって、みんなの連絡先を失ってしまって、それ以来だなー。


何人か、子供もいるらしいが、みんな元気かなー・・・・・・・・・???


会いたいよ。


海外に住んでると、同窓会とか、一生行けないのかねー。しょぼん