中2のころ
先生に呼ばれ、『生徒会に立候補してくれないか
』というオファーがきた。
自分の心の本心では、『そんなの嫌だった
やってらんねー。』
メインの生徒会のメンバーは3年生。
2年生からは2名が選ばれる。
そりゃー、私は頭いいし、人気者だし、ふさわしい人材といえるだろうが
私は、マジでお堅いこと、また、会議が行われるのが、嫌だった
。
ほら、私って部活
命の子供だったので、時間を部活以外にとられるのが嫌だった
。
が、母に相談すると、『高校受験の内申書にもプラスだし、やれば?』とのこと・・・・・・・・・
結局、立候補ではなく、クラスからの推薦という形で、選挙に好捕する羽目になった・・・・・・・
勘弁してくれ・・・・・・・
で、部活
も一緒、家
は隣同士、合唱コンクール
の指揮者であった目立ちたがりのMちゃんを誘ったら、物好きに一緒に立候補してくれた。(マジで?(;☉ฺд☉ฺ)エエッ?)
選挙活動。私は、結局、一番下で、楽そうな、『会計』へ出馬
。
推薦者を横に連れ、襷をかけ、学校全部のクラスを演説周り。最悪。
3年のクラスにもだよ。毎日の昼休みが地獄だった。
そんな、優等生みたいなこと格好悪い・・・・・・・
最終演説
はもちろん体育館の全校生徒の前で・・・・・・・
次の朝に結果が出る。
結果・・・・・・・・・・・・



票数最下位でも・・・・・・・・・・・・・通りやがったーーーーーーーーーーーーー


勘弁してくれ・・・・・・・
それからの1年?(忘れた)毎週、生徒会会議に出席し、生徒総会の準備や、予算報告の発表など、しましたよ。
すべては、先輩の会計の人に全部頼んだけどね。
ほら、生徒会になる先輩なんて、真面目なおたくっぽい人が多いので、喜んでやるのよ。
それでも、楽しいときを過ごしたかな。
3年生と仲良くなる機会も無いしね。
まあ、通信簿ではLOOKSよくなったわけですよ
。
私は、人生の中で、やりたくもない嫌なことでも全てこなしてきた。
私は、NO!と言わない性格。言えない性格。(たまにこんな性格で後悔するときもありますが、大抵、いい方向に進みます。ただ、かなりの根性が必要です。)
くるもの拒まず。
なため、精神的にかなり強くなるわけですよ。
根性が生まれるわけですよ。
経験の内容はともかく、やりこなす、精神力の強さに自分ながらに感心する。
『見とけよ!!やってやるよ!!!
』
と、私は、たくさんの人より頼られる存在に成長していったわけです。

先生に呼ばれ、『生徒会に立候補してくれないか
』というオファーがきた。自分の心の本心では、『そんなの嫌だった
やってらんねー。』メインの生徒会のメンバーは3年生。
2年生からは2名が選ばれる。
そりゃー、私は頭いいし、人気者だし、ふさわしい人材といえるだろうが
私は、マジでお堅いこと、また、会議が行われるのが、嫌だった
。ほら、私って部活
命の子供だったので、時間を部活以外にとられるのが嫌だった
。が、母に相談すると、『高校受験の内申書にもプラスだし、やれば?』とのこと・・・・・・・・・
結局、立候補ではなく、クラスからの推薦という形で、選挙に好捕する羽目になった・・・・・・・
勘弁してくれ・・・・・・・
で、部活
も一緒、家
は隣同士、合唱コンクール
の指揮者であった目立ちたがりのMちゃんを誘ったら、物好きに一緒に立候補してくれた。(マジで?(;☉ฺд☉ฺ)エエッ?)選挙活動。私は、結局、一番下で、楽そうな、『会計』へ出馬
。推薦者を横に連れ、襷をかけ、学校全部のクラスを演説周り。最悪。
3年のクラスにもだよ。毎日の昼休みが地獄だった。
そんな、優等生みたいなこと格好悪い・・・・・・・
最終演説
はもちろん体育館の全校生徒の前で・・・・・・・次の朝に結果が出る。
結果・・・・・・・・・・・・



票数最下位でも・・・・・・・・・・・・・通りやがったーーーーーーーーーーーーー



勘弁してくれ・・・・・・・

それからの1年?(忘れた)毎週、生徒会会議に出席し、生徒総会の準備や、予算報告の発表など、しましたよ。
すべては、先輩の会計の人に全部頼んだけどね。
ほら、生徒会になる先輩なんて、真面目なおたくっぽい人が多いので、喜んでやるのよ。
それでも、楽しいときを過ごしたかな。
3年生と仲良くなる機会も無いしね。
まあ、通信簿ではLOOKSよくなったわけですよ
。私は、人生の中で、やりたくもない嫌なことでも全てこなしてきた。
私は、NO!と言わない性格。言えない性格。(たまにこんな性格で後悔するときもありますが、大抵、いい方向に進みます。ただ、かなりの根性が必要です。)
くるもの拒まず。
なため、精神的にかなり強くなるわけですよ。
根性が生まれるわけですよ。
経験の内容はともかく、やりこなす、精神力の強さに自分ながらに感心する。
『見とけよ!!やってやるよ!!!

』と、私は、たくさんの人より頼られる存在に成長していったわけです。

