MROK市には、生まれてから幼稚園1年目までいた。



幼稚園は丘の上で、かなりの坂道。通園が大変でしたねー。
(これ、マジで、ハンパない。何でこんなところに建てるの?って感じ。)

私は、運が悪いことに微妙に近くに住んでたので、通園バスには乗れず、自転車も無理な坂なので、徒歩・・・・・・



隣に住む男の子Y君は私の初恋でした。

たくさん遊んで、お医者さんごっこをして、ファーストキスキスマークをしたのもこの子でした。


その時は、『お別れ』の意味もわからず、ずいぶん小さかったので、手紙を書くことなどもなく、それっきり会っていません。





新しい土地はそう、両親の故郷、KJ市です。

家は親父の会社の社員社宅。
小さかったけど、一軒屋でした。


裏は畑。見渡すと田んぼ。田舎だったよなーーーーー。



新しい幼稚園は、結構遠く、母ちゃんが自転車で幼稚園まで連れて行ってくれました。

初恋の彼のことなんぞ、とっくに忘れ、お友達たくさん作って、楽しくやりました。




ここでの思い出は、ある台風の日。洪水注意報。
外を見ると、道路全部水で埋まっていて、畑も田んぼも水の下。床上浸水。
長靴はいてもぎりぎり歩ける程度。



で、この日も・・・・・・・・・なんと・・・・・・・・・

幼稚園に、行きマチターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。( ̄□ ̄;)


と、いつも通り、チャリ2ケツで。


母ちゃん、『皆勤賞』とかで、根性あって、私を維持でも連れて行くのよ。


で、幼稚園に着くと・・・・・・生徒は誰もいないわなー。



私の幼稚園、何故かカトリックだったんだけど、(キリスト)幼稚園に来たご褒美に園長先生からマリアさまのキーホルダーをもらいました。



・・・・・・・・・かおで・・・・・・・・・・・・





ま、母ちゃん根性の勲章ですね。







昔は、今のように温暖化がなく、寒くて、雪がたくさん降った。


小学に入り、冬は、田んぼでのアイススケートが楽しみだった。

マジで、体育の授業で、冬はアイススケート。全員白いフィギュアスケート靴を買わせられた。

田んぼに水張って、自然に凍って、プールの日みたいに、滑れるときは白旗。ちょっと溶けてるときは赤旗。



で、私の家族はみんなスケートが得意であります。
もちろんスキーもやったけど。





最近だんなと、趣味を作ろうとか話してるんだけど、スケートがいいんじゃない?とかいってて・・・・・・・・、でも、彼は私が何もできないと思ってるから・・・・・・・


彼は、昔アイスホッケーをやってタノで、得意らしい。


私は、NYで一人でインラインスケートでセントラルパークを走ってたっつうの。
セレブっぽくない?ニコニコ



ま、いつかLNDNのパークで私達を見かけるかもしれませんよー。奇妙な2人組みを





話を戻しまして、


この小学ではこれまた、もてもてで、クラス1番のかっこいい悪がきR君と両思いで有名だったのさ。

で、母ちゃんから金をもらい、バレンタインのチョコを彼のために買い、素敵な日を過ごし、チュードキドキキスマークドキドキをしたずら。




でも、3年が終わると・・・・・・・・・・・・・また、転勤。




今度は、MROK市に家を建てたからだ。
この家が私達の家なのだ。

あ、親父は仕事のためKJ市に残るということで、これ以来、私は親父と暮らしてませんね。

単身赴任というやつです。




大好きな彼ともお別れ。
ほら、私、もてもてだったから私を好きだったたくさんの男の子からプレゼントもらって、さすがにうれしかったし、悲しくなったよね。





で・・・・・・・・このとき以来、みんなとは音信普通。


人生ちょっと学んできたよね。『別れ』の意味を・・・・・・・・・・・








でも・・・・・・人生ってホント別れあれば・・・・出会いあり。だよね。