私の赤ちゃんのころのアルバムの前のほうに、母の字で、
『BLACKNESEちゃんは赤ちゃんのとき、ビービ-弾が鼻に入ってしまって、取り出すのが大変だったんだよ!』
と、書いてあった。


大きくなってから、それを目にして、母に尋ねると、
『いやー、息を吸うたびに奥に入っていってしまって、医者でも取れなくて、お母さんが無理やり出したんだよ。』
と・・・・・・・・


なんで、そんな状況になったんだろうか・・・・・?

どうせ、兄貴の仕業だろう。






子供のころは、よく兄貴と遊んでいた。
プロレスごっことかで、電気あんまとかやられるし。

おやつではいつも母がキャラメル何個とかくれたが(もちろん兄貴より量は少ないシラー)、兄貴には力ずくで取られたり、だまされて取られたりで、悔しかった。ショック!

取られたら、終わり。
取られたら、おやつが食べれないもの。
イヤー、戦いましたね。
こんなところから、現在の負けず嫌いの性格になったのだろう。


私は記憶にないが、赤ちゃんのころ兄貴にフォークナイフとフォークで、眼球と骨の間の部分を刺されたそうな。
今でも左目の上にフォークの後が3つほどの点の後が残っています。

イヤー、眼球刺されたら、目見えなくなってたよ。



幼稚園のころ、小さな自転車で兄貴の運転の後ろに乗らせられ、めちゃくちゃ早く運転され、チョー怖い、と思ってる途中、私は中に飛んだ。


イヤー、目の前真っ白。
めちゃくちゃ回転している(小さな自転車。小さな車輪。大人の自転車より、回転率高いでしょう。)後ろの車輪に私の小さな足が挟まったのだ。


足が挟まったため、車輪が止まり、私が乗ってる後ろが上がり、つまり逆ウイリー。

それで、私は飛びました。


ちょうど、かかとのところなんだけど、骨でたよねー。

これまた、記憶にないが、救急車で運ばれたのかなー?


松葉杖を使った記憶はないが、しばらく歩けなくて、その当時のトイレは和式のボットンでしゃがまなくてはいけなくて、トイレ、辛かったなー。

でも、ラッキーなことに、幼稚園のトイレには子供用に手すりがあったので、腹筋使って、片足でしゃがんだよねー。
ここでも、また根性!!!!

お風呂にも入れなく、ビニール袋に足を突っ込んで、空中に出して、湯船に浸かったなー。



骨は折れなかったのがすごいよね。






いつも通り、兄貴と兄貴の友達と外で遊んでいる時、近所に珍しく、新車の赤いスポーツカーが止まっていて、その近くで、兄貴たちパチンコで遊んでいたんです。


パチンコはパチンコ玉をゴムで飛ばすのだ。(説明できねー。パチンコだよ)


それまた、スポーツカーのフロントガラスをきれいに突き抜けました。


ひびが入るどころか、ガンでも通ったかのように。


親父は、この車の持ち主のところに頭を下げに行き、100万ほど払う羽目に。(これ、大げさかなー)

あの当時で、この弁償金額は辛いでしょう。

昔では、外車(ギャーシャ)と呼んだもので、部品を取り寄せるのも大変だったでしょうに。






こんな話もいまじゃー笑い話。


今では、この傷を見るたびに誇りに思う。(やばくない?)


なんか、自分を強く思える、っていうか。


だから、今はTATTOOとか、好きなのかなー?







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