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Oooooops!!

ネット上で話題のナズの新曲、ついに50セントに反撃開始!(notrax)

昨年末に50セント(50 Cent)が"Piggy Bank"を発表して以来、この曲で攻撃された3人のうち、ジェイダキス(Jadakiss)、ファット・ジョー(Fat joe)らが既に反撃となる曲を発表してきた。残った最後の一人であり、50セントに対するコメント等はあったものの、これまで静観の構えを保ってきたナズ(Nas)が、ついに新曲"MC Burial"で50セントに反撃を開始した。

静かなピアノループを基調に、ジョン・レジェンド(John Legend)の"Ordinary People"を回転数を落としてサンプルしたこの曲で、ナズは口調は淡々としつつも苛烈な歌詞で憤りをあらわにしている。50セントを名指してはいないが、「本来ならビーフはご免だが」というヴァースで始まり、「ジャダ(ジェイダキス)、ジョー(ファット・ジョー)に続くのは俺だ。俺を怖がっているのはわかっている」などといった一節が含まれている。現在、エミネム(Eminem)と供に全米ツアー中の50セントだが、今後の対応に注目が集まるところだ。

この"MC Burial"を含むナズのニューアルバム"NASDAQ Dow Jones(仮)"は、早ければ年末にリリースされる予定。(t)

こっちが50cent Piggy Bankは5曲目に。



50centとか興味ないし。あたしのダーリンにビーフなんて100年早いっ!といえども、50cent君クラバーからの支持をがっちり掴んでいる模様。Piggy...のなかじゃKelis(Nasの奥様)の名前も出してるからね、、、。

イン・ヤン・トゥインズ、新作”U.S.A.”のリミックス盤のリリースが決定! (notrax)

囁きラップソング"Wait(whisper song)"を収録した"U.S.A.: United State Of Atlanta"が着々とセールスを伸ばし、まもなくゴールドセールスを獲得するイン・ヤン・トゥインズ(Ying Yang Twins)が、8月に同アルバムのスクリュー盤を出すようだ。T.I.が最新アルバムのリミックス盤をリリースしたことで広く知られるところとなった"Chopped & Screwed"というスタイルはオリジナルのピッチを落として加工する手法で、先述したT.I.やリル・フリップ(Lil' Flip)らサウス系ラッパーの間では既におなじみ。現在Swisha HouseレーベルオーナーでミックスマスターでもあるMichael Wattsの手によってリミックスが行われているそうだ。このリミックス盤は8月9日リリース予定とのこと。(m)

Ying Yang Twinsかわいいよねぇって友達に言ったら「理解できない」って言われた。
こちらヒット中のUnited State Of Atlantaからアゲアゲな曲が シングルカットされてましゅ。




レコードを使った小物(時計やコースターとか)まであってめちゃかわゆい。画像をのせられなくて残念無念。是非見てみてくらさい。





MTV Video Music Award

米MTV、今年のVideo Music Awardはミッシー・エリオットが6部門ノミネート!

8月28日に開催される音楽最大イベントのひとつ「MTVビデオミュージックアワード(VMA)2005」のノミネートの発表が行われた。最もノミネートが多かったのは、グリーンデイで8部門。続いてグウェン・ステファニーとミッシー・エリオットが6部門、U2が5部門となっている。「ビデオオブザイヤー」のノミネートされたのは、コールドプレイ、グリーン・デイ、カニエ・ウェスト、スヌープ・ドッグ、グウェン・ステファニーだ。例年コメディアンや若手俳優が司会を務めることが多いが、今年の司会者はP・Diddy。会場は昨年と同様マイアミからの中継になる。  そこで発表された司会者名は「Diddy」。
また、今年初の試みとして、リンキン・パークのマイク・シノダと、“キング・オブ・クランク”として知られるリル・ジョンが、VMAのためにオリジナル音楽を作曲。国内では9月11日(日)に放送される授賞式を彩る。

ちなみに去年は
ラップビデオ賞、監督賞、編集賞、撮影賞:
 Jay-Z“99 Problems”
 
 ビデオ賞、ヒップホップビデオ賞、特殊効果賞、美術賞:
 OUTKAST“Hey Ya!”
 
 グループ賞とポップ・ビデオ賞:
 No Doubt“It's My Life”
 
 女性ビデオ賞:
 Beyonce“Noughty Girl”
 
 男性ビデオ賞:
 Usher“Yeah!”


こんな感じでした。授賞式ではアーティストの(よくも悪くも)いろんな一面が見れる
去年は彼氏の家で見たなぁ、、。今年は見せてもらえる相手がいない(うちケーブル引いて無いのさ)
どーすっかな?

早速P.Diddyが改名したみたいっすね。どんな格好でどんな司会っぷりを見せるのか見物。

しかしMissy姉さんどんどん綺麗になっていく。なぜ故?







P.ディディ

2005年7月26日(火)
P.ディディが再び改名?(BARKS)

パフ・ダディ、パフィー、ショーン“パフィー”コムズなど様々な名前を使い分けてきたP.ディディが、今年リリースする予定のアルバムで再びアーティスト名を改名すると、SOHH.comが報じている。

これはP.ディディ本人がUS Weekly Magazineに語ったもので、「俺はまた名前を変えるつもりさ。なぜなら俺ならそれを出来るからさ」と、具体的な名前は明かさなかったものの、改名の意志があることを明らかにした。更に「俺はあるキャラクターを演じるんだ。ちょっと風変わりで今までとは違う、楽しめるような感じだよ」と改名がこの新たなキャラクターと関連しているとも語っている。

なお、今年年末にリリースが予定されているニュー・アルバムは従来の作品に比べて、よりロック色の強いものや、アップテンポな曲が特色になるという。

K.Omae, LA


何の為に何回も名前変えるのかしら?

しかし名前って大事だな、と。

昔、バイトで源氏名を使ってたとき、何ヶ月もその名前で呼ばれていると、第2の自分がいる気になってきた。

実際あとからそのバイトに入ってきた地元の友達と、「うちらちょっとキャラ違うよね?」「別に意識してないのにね?」って話してた記憶がある。そーゆーことなのかね??

ちなみに今、周りでかつく可愛げのないオジジディディーと発音するのが流行ってます。

単なる偶然だけどね。


またテロだ

やれ、エジプトで、イギリスで。

やめてください!テロなんて!

以上。

今日はやっとこデンゼルさんに辿り着いたよ。
デンゼル

1954年12月28日、ニューヨーク州マウント・バーノン生まれ。

フォーダム大学でジャーナリズムを専攻するが、一夏だけのアルバイトとしてサマー・キャンプのカウンセラーをしている時、舞台公演に参加してみてたちまち演技熱に取りつかれた。大学卒業後、サンフランシスコの伝統あるアメリカ・コンサバトリー劇団の劇団員として入団し、1年間演技の修業を積んだ。その後、ニューヨークへ戻りプロの俳優としてオフ・ブロードウェイの舞台に上がる。

1979年には「カーボン・コピー」でTVにデビュー、また彼の「ソルジャーズ・プレイ」が NBC TVのヒット人気シリーズ「St.エルスウェア」のプロデューサーの目にとまり同番組のドクター・フィリップ・チャンドラー役で、長期に渡る出演を果たしている。そのほかにも、TVドラマの「ジョージ・マッケンナ物語/暴力教室に挑んだ男」、「殺しのライセンス」、「ウィルマ」などでも印象的な名演を残している。

1984年、彼の舞台の代表作「ソルジャーズ・プレイ」をノーマン・ジュイソン監督が映画化した『ソルジャー・ストーリー』で本格映画デビュー。
1987年『遠い夜明け』ではアカデミー助演男優賞にノミネート
1989年には南北戦争が舞台の歴史ドラマ『グローリー』で遂にアカデミー助演男優賞、ゴールデン・グローブ助演男優賞を獲得。
1992年スパイク・リー監督と組んだ『マルコムX』では圧倒的存在感を見せつけアカデミー主演男優賞にノミネート。
1999年『ザ・ハリケーン』ではボクサー役と常に新しい役柄にエネルギッシュに取り組み、アカデミー主演男優賞にノミネートされ、1999年度ゴールデン・グローブ主演男優賞を受賞した。
2001年には『タイタンズを忘れない』NAACPベスト・イメージ男優賞を受賞
2001年『トレーニングデイ』で遂に、シドニー・ポワチエ以来となる、黒人俳優としてアカデミー主演男優賞を受賞

ここからはもうみんな知ってるよね!(体操のお兄さん風)

間違い無くイケメン

いや、美しい

演技が素晴らしいだなんて、あたしが誉めなくても、周知の事実。

「人としての美しさ」的なもの持ってらっしゃいますわよね、

紳士!実直!清潔!知的!素敵!ワンダホー!ミラクル!ビューテホー!抱いて!


......語彙力の欠如が露に........

一番好きな映画はね、『タイタンズを忘れない』なのよ。Denzelが出てる中で、とかじゃなくて今まで見た映画すべての中でね。(あ、あと『モンスターズインク』も間違い無い)

で、もちろん彼の出てる映画はたいがい見てます。(DVDのみで。禁煙2hとか無理ですから)




スパイクリー監督。一世を風靡した映画(そいやっ)




ちなみにMalcomXサントラもあるよ。(画像ついて無かったので↑のDVDのページから見れます) 
収録曲
1.レヴォリューション(アレステッド・ディヴェロップメント)
2.ロール・エム・ピート(ジョー・ターナー)
3.フライング・ホーム(ライオネル・ハンプトン)
4.マイ・プレイヤー(インク・スポッツ)
5.ビッグ・スタッフ(ビリー・ホリデイ)
6.ドント・クライ・ベイビー(アースキン・ホーキンス)
7.ビーンズ・アンド・コーンブレッド(ルイ・ジョーダン)
8.アズール(エラ・フィッツジェラルド)
9.アラバマ(ジョン・コルトレーン)
10.ザット・ラッキー・オールド・サン(レイ・チャールズ)
11.アラベスク・クッキー(デューク・エリントン)
12.ショットガン(ジュニア・ウォーカー&オール・スターズ)
13.いつか自由に(アレサ・フランクリン)


しかし、Denzel 51歳とは、、なかなかやるな。
でも愛に国境や年の差は関係ないわぁーーーーーーーーー

アディオス。

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忘れてた

昨日2pacとDenzelについて書くって言った事を忘れていましたわ。



2pacは一言では、てか1回じゃ語り尽くせません。

本名 Tupac Amaru Shakur(16世紀最後のインカ帝国の皇帝の名から取られた)
1971年6/16 NY Harlem出身
1996年9/13 16:03 他界 享年25歳

強くなりたい男だったんだと、思います。

どんな人だったか、これは2pacがなくなった時の、NEWSWEEKの記事です。

銃弾に散った過激な「代弁者」
~暴力に始まり暴力で終わったトゥパックがかかえていた矛盾~



 ジェローム・リチャーズ(18)は、仕事をほうり出して病院へ駆けつけた。今月(96年9月)13日、母親からの電話で、トゥパック・シャクールの死を知らされたからだ。
 トゥパックは黒人の若者に人気のラッパー。7日に銃撃され、一週間近く生死の境をさまよっていた。
 黒人の若い男たちは、悲しみを押し殺すことに慣れている。だがこの日、ラスヴェガスの病院前に集まった150人余の若者たちは、トゥパックのラップを大音量でかけながら、悲しみを率直に表現していた。「泣いちゃいけないのはわかってる。でも、本当にトゥパックが大好きだったんだ」とリチャーズは言う。
 病室でも、トゥパックと親しかった若者たちが抱き合って悲しみをこらえていた。
 「仕返しをしなくちゃ」と、一人がつぶやいた。
 「きっと、誰かがやる」
 トゥパック・シャクールの生涯は、あまりにも劇的だった。わずか25年の人生とはとても思えないほどだ。短期間に600万枚以上のアルバムを売りまくったが、その音楽も実生活も暴力抜きには語れない。そしてその死もまた、暴力抜きには語れないのである。
 ここ数年、ラップの歌詞は過激さを増す一方で、詞の内容と現実の境界があいまいになっている。今回の事件は、この危険な傾向を如実に示したものといえる。

2年前にも銃撃事件
 自力で伝説をつくり上げた男の死。若いヒップホップ・ファンは、トゥパックの死をそう考えるかもしれない。だが彼の仕事仲間たちは、最近のトゥパックと一緒に外出するのを嫌っていた。彼自身があまりに暴力的で、あまりに多くの敵をつくり過ぎていたからだ。
 1994年11月、トゥパックはニューヨークのレコーディング・スタジオの外で5発も撃たれている。ライバルのラッパーたちが仕組んだことだと考えたトゥパックは、彼らをいっそう挑発するような行動に出た。作品中に「俺はお前の妻とヤったぞ」という歌詞を挿入したりもした。
 しかし、トゥパックが暴力的になればなるほどレコードの売り上げは伸びた。そして「彼が誰とも口論しないと、病気じゃないかと心配になったほどだ」と、ある友人は言う。
 「この九ヶ月間は、彼の死を知らせる電話が来るのを待っていたようなものだ。殺されるのは時間の問題だったから」という友人もいる(記事の友人は、ほとんどが匿名を希望した)。
 7日の狙撃事件の全容は、まだ明らかにされていない。トゥパックは、彼の所属するデス・ロウ・レコードの経営者シュグ・ナイトに連れられてラスヴェガスにいた。マイク・タイソンの試合を観戦するためだった。
 シュグは、ロサンジェルスのギャング組織と深いつながりがあるとされる。トゥパック同様、多くの敵を持ち、一説によれば、彼を消すために三組の殺し屋が雇われているという。


ターゲットは別にいた?
 トゥパックとシュグの取り巻きは、ボクシングの観戦中にも客といざこざを起こした。そして試合後、シュグの豪邸に立ち寄り、車を連ねてシュグの所有するクラブへと向かった。トゥパックはシュグと一緒の車に乗っていた。
 現場に居合わせた仲間が本誌に語ったところでは、午後11時15分ごろ、助手席側に白いキャデラックが近づいてきた。そして「二人の男が降りてきて、銃を乱射しはじめた。トゥパックは後部座席に逃げ込もうと体を伸ばした。そのせいで、胸にまともに銃弾を浴びてしまった」。
 だが音楽業界の人間に言わせれば、狙撃犯たちの本当の狙いはトゥパックではなく、隣にいたシュグだ。
 「こいつはいつ起きてもおかしくなかった殺し合いの始まりだ」と、ある音楽関係者は言う。
 「シュグをやっつけるには、彼の金づるをやっつければいい。そしてトゥパックは彼の金づるだった」
 ラスヴェガス警察によれば、同市には約5000人のギャングがおり、その多くはロサンジェルスの出身だ。今回の事件に関しては、ギャング団「クリップス」のメンバーの犯行とする説もある。事実、先週にはクリップスのメンバー三人が何者かに銃撃されている。
 わずか四年で売り上げ一億ドルのラップ王国を築き上げたシュグには、早くからきなくさい評判が流れていた。昨年、本誌の取材に応じたとき、彼は黒い噂を否定しつつも、「おかげで誰も、私には手を出さない。ありがたいことだ」と語っている。そして「私は目的のために必要なことをしているだけだ。ほかの連中も、みんなやってる」とうそぶいている。


「2つの自己が闘っている」
 そんなシュグを「誰もが恐れて」いた。そして彼と彼のレーベル「デス・ロウ」は、その「恐れ」を利用し、売り物にしていたトゥパックも、利用されていた。
 黒人解放組織「ブラック・パンサー」のメンバーを母にもつトゥパックは、インタビューで芝居じみた受け答えをし、自分を「シェークスピア劇の主人公」に例えたこともある。
 自分の作品では好んで死に言及していた。「ギャングのように埋葬してくれ」とか、「俺はどれだけ長い間悼んでもらえるのか」といった曲もある。
 友人たちによれば、トゥパックは94年に銃撃を受け、その翌年に性的虐待のかどで投獄されて以来、人が変わったらしい。「あれで目がさめ、生の大切さに気づいたようだ」という。
 その後、いろいろな訴訟費用がかさんで破産。刑務所にいた彼に、負債と100万ドルを超える保釈金を肩代わりしようと申し出たのがシュグだった。トゥパックは契約に応じ、おかげで母に家も買ってやれた。
 だがデス・ロウでの彼は、以前にもまして暴力的なイメージで売るようになった。そして最近のインタビューでは、自分の中で二つの自分が闘っているみたいだ、とも発言している。
 誰にでもかみつく凶暴さと、誰をも受け入れる無防備さ。その両方が彼にはあった。黒人女性に心からの賛辞を送る一方、売春婦を侮辱する詞も作った。殺せ殺せとあおる一方、教育の必要性を説きもした。こうした分裂状態を生きるのは、精神的に相当つらかったはずだ。
 だが、彼がかかえていた分裂は、若い黒人男性の日常そのものなのだ。ラッパーも、犯罪を繰り返す若者も、学生も、みんな似たような分裂をかかえ込んでいる。
 そして彼らの怒りを、トゥパックは命がけのラップで代弁してきた。それがトゥパックの遺産なのである。


2pacの死について考えると、今でも泣けてくる。同時に「やんなきゃ」(何を?)って思う。こんな事を考えても仕方ないけど、彼が生きていたら、、、と思ってしまう。9月には2pacをもっとFeaturしますので、また詳しくはそっちで。

Denzel、、、すまん。また明日。(笑)