人は、その場所に落ち着くべくして落ち着く。私はそう思う。


人は生まれて子供時代を経て大人になり社会に出るまで


膨大な時間の中で自分の可能性を考え、その落ち着く場所を


見つけようとする。しかし、社会に出る19や20歳でそこを見つけ


られる者は滅多にいない。またそこから探し始める。今度は


現実という枠で選択肢が限られてしまい、子供の頃ほど


可能性に広がりは無くなってしまう。よって考える時間も現実


によって短縮せざるをえなくなる。だから選択を間違う事も


多々ある。しかしここで間違った事はけして不幸では無く、


ここで間違い、後悔し、傷付いた事をエネルギーにできた者


は現実という枠だからこそ獲得できる選択肢を得られる。


生まれてから死ぬまでの間に一度も失敗せず、後悔も傷付く


事も無い人はそれ自体が失敗だと思う。失敗しないから後悔


も傷つくこともないわけだ。そんな人間は絶対存在しない。


ただ、それをエネルギーにできない人もいる。それは失敗した人


の気持ちを解らない人だ。人間には「思いやり」と呼ばれる感情


や行動に伴う言葉がある。これが出来ない人は孤独になる。


なぜ孤独なのか考える時間も与えられる間もなく孤独になる。


孤独なのだから一人で決断を強いられる。が、「思いやり」がないの


だから間違った決断の連続である。このテの人間は大抵はここが


落ち着くところになってしまう。


しかし、幼少時代に人間関係の貯蓄が無い人間


は孤独を周りのせいにする。このテの人間の落ち着く場所は地獄


である。地獄とは地獄絵とかで模される地獄ではなく、自分の


出した悪い結果が、自分が原因であることに気付かない無知


という名の地獄である。「落ちつくところが無い」という場所に落ち


着いてしまう。