もう、6年も前の事だから詳しく一日一日を書いたりはできないけど、記憶の限り書きたいと思います…。
霧島温泉卿の中にある、野々湯温泉は、標高750mの国立公園の山の中にあり、そこは常に90度以上の蒸気が地熱によって出ていて、この6年でも変わらない豊かな自然の恵みに溢れている素晴らしい場所です。
そんな、素晴らしい場所に、わずか2~3ヶ月前に出逢ったばかりの4人で霧島PEACEギャザリングという祭りに、ネイティブアメリカンの住まいであるtipiを設営するお仕事で、私達はココに来たのです。
←tipi[ティピ]
(詳しくは、ブログの旅の終わり、そして~を、参照してください。)
このギャザリング〈以下霧島P〉は、ヒッピーのお祭りを全くヒッピーを知らない野々湯の社長に紹介するという目的もあり、

予算のない中で、一回目はグダグダ感たっぷりで、お金も回らずアーティストや、来てくれたお客さんもよくわかっていない感じでした(ー ー;)
私達はその後、野々湯の一角にtipiを設営したまま、
そこでアロマトリートメントやカードリーダー、手相などしながらtipi生活していたのですが霧島Pのオーガナイザーである藤田さん〈以下フーさん〉に、野々湯を紹介したのだから、売り上げの何割かを要求される始末~_~;
今にして思えば、いろいろと大変だったのだと思えますが………
あの頃は初対面でそれを言われたので印象最悪な感じで、お互い文句を言い合う関係になり、ギクシャク。
一緒に生活していたメンバーとも、お金の問題や生活Styleの違いなどから喧嘩したりしてバラバラになり結局、1月には元々そこに住んでいたフーさんの息子である元くんがtipiを管理することになり、そのtipiを拠点に旅を続けることになりました。
(ちなみにこの時のメンバーとは、その後もいろいろと出逢いと別れを繰り返すのですがそれはまた別の話になります。^_^)
と、まぁ振り返ったところで………
(ーー;)ゥ~ん。
そりゃ、そうだよねー。
そもそも私は、それまでは旅なんで旅行しかしたこと無くて…
母親の借金に苦しむ姉を遠目にみながら、
やっと20代から始めたDANCEでようやくお金につながるようになっていました。
そんな矢先に、腰にLASという先天性の症状が見つかり挫折に加えて5月に離婚したばかりで(ーー;)
何もかもから逃げるように旅を始めて、
まだ半年しかたってなくて。
ヽ(´o`;
先生(清さん)から誘われた理由も、
私がスピリチュアルだからっていう理由だったし。
(これについてもオイオイお話します)
全員、よく知らないメンバーだったから、喧嘩して当たり前だったのよね~( ̄◇ ̄;)
だってさ、
私達が住んでいたtipiは広さが直径5.4mで、暖房は真ん中の火だけ!
ガスも水道も無くて日々、水を汲みに行かなきゃならなくて(>人<;)

今なら、それが贅沢だと分かるんだけど、
あの頃はわからなくて( ;´Д`)
気温は、
昼間でもマイナス5℃くらい。
真夜中になると、
寒さで目が覚めてしまい
体の震えが止まらない状態。
火をつけるために巻をくべるんだけど、
湿気でマッチがつかず、、、
気温はマイナス15℃くらいな日とかあって。
(-_-;)
もちろん、素晴らしい自然の叡智を体験した日も沢山あって。
ある日、夜中に火が消えていて。
近くにすぐ燃えるものが無かった時に、懐中電灯も無くて真っ暗。
恐る恐る外に出たら
、
野生鹿が40頭くらいの群れでいて、
私が出てきたのをみるなり、蜘蛛の子散らしたように
キューって叫んで
み~んないなくなっちゃって、
Σ(゚д゚lll)
こっちもビビって尻もちついたら、
空に満点の天の川銀河が、
広がってて、、、思わず感動しちゃって。

鹿がキューンって鳴くのも、
始めて知ったし
、あんなに綺麗な星空は人生で初めてで、
ついそのまま散歩しちゃって、
そしたら月が出てきて月明かりで歩けちゃって*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そんな素晴らしい自然に囲まれた生活していても、
やっぱり自然は厳しさもあって、
ルールも殆ど決まって無い、
頼れる知り合いもいない始めての土地で、
28歳にして全てが初体験。
そりゃ、上手く行かないゎ…。
本当に、今だったら違うなぁ~って事がたくさんあります。( T_T)\(^-^ )
人はいくつになっても成長するし、始めては解らない事だらけ。
だって、
思い返すと笑えるけど、
初旅の屋久島にシャネルのバックを持って行ったら会った人殆ど引いててさ(・_・;
エルメスのバーキンも持ってたんだけど、知らない人いたもの。(;゜0゜)
今ならその気持ちも分かるんだけど、あの頃は全くわからず嫉妬だと勘違いしていたり…(-。-;
や~、人は変わるよね。
まぁ霧島Pの事やその前の私の人生についてはまだまだ書いていくけれど、
いろいろ許可とらないと書けないこともあるため、今日はこの辺かな(^^;;
読んでくださった皆様、ありがとうございます。
誤字脱字があるとは思いますが、
伝えたい想いとメッセージが届くことを祈って、今日はこの辺で失礼します(^^)
jamin

霧島温泉卿の中にある、野々湯温泉は、標高750mの国立公園の山の中にあり、そこは常に90度以上の蒸気が地熱によって出ていて、この6年でも変わらない豊かな自然の恵みに溢れている素晴らしい場所です。
そんな、素晴らしい場所に、わずか2~3ヶ月前に出逢ったばかりの4人で霧島PEACEギャザリングという祭りに、ネイティブアメリカンの住まいであるtipiを設営するお仕事で、私達はココに来たのです。
←tipi[ティピ](詳しくは、ブログの旅の終わり、そして~を、参照してください。)
このギャザリング〈以下霧島P〉は、ヒッピーのお祭りを全くヒッピーを知らない野々湯の社長に紹介するという目的もあり、

予算のない中で、一回目はグダグダ感たっぷりで、お金も回らずアーティストや、来てくれたお客さんもよくわかっていない感じでした(ー ー;)
私達はその後、野々湯の一角にtipiを設営したまま、
そこでアロマトリートメントやカードリーダー、手相などしながらtipi生活していたのですが霧島Pのオーガナイザーである藤田さん〈以下フーさん〉に、野々湯を紹介したのだから、売り上げの何割かを要求される始末~_~;
今にして思えば、いろいろと大変だったのだと思えますが………
あの頃は初対面でそれを言われたので印象最悪な感じで、お互い文句を言い合う関係になり、ギクシャク。
一緒に生活していたメンバーとも、お金の問題や生活Styleの違いなどから喧嘩したりしてバラバラになり結局、1月には元々そこに住んでいたフーさんの息子である元くんがtipiを管理することになり、そのtipiを拠点に旅を続けることになりました。
(ちなみにこの時のメンバーとは、その後もいろいろと出逢いと別れを繰り返すのですがそれはまた別の話になります。^_^)
と、まぁ振り返ったところで………
(ーー;)ゥ~ん。
そりゃ、そうだよねー。
そもそも私は、それまでは旅なんで旅行しかしたこと無くて…
母親の借金に苦しむ姉を遠目にみながら、
やっと20代から始めたDANCEでようやくお金につながるようになっていました。
そんな矢先に、腰にLASという先天性の症状が見つかり挫折に加えて5月に離婚したばかりで(ーー;)
何もかもから逃げるように旅を始めて、
まだ半年しかたってなくて。
ヽ(´o`;
先生(清さん)から誘われた理由も、
私がスピリチュアルだからっていう理由だったし。
(これについてもオイオイお話します)
全員、よく知らないメンバーだったから、喧嘩して当たり前だったのよね~( ̄◇ ̄;)
だってさ、
私達が住んでいたtipiは広さが直径5.4mで、暖房は真ん中の火だけ!
ガスも水道も無くて日々、水を汲みに行かなきゃならなくて(>人<;)

今なら、それが贅沢だと分かるんだけど、
あの頃はわからなくて( ;´Д`)
気温は、
昼間でもマイナス5℃くらい。
真夜中になると、
寒さで目が覚めてしまい
体の震えが止まらない状態。
火をつけるために巻をくべるんだけど、
湿気でマッチがつかず、、、
気温はマイナス15℃くらいな日とかあって。
(-_-;)
もちろん、素晴らしい自然の叡智を体験した日も沢山あって。
ある日、夜中に火が消えていて。
近くにすぐ燃えるものが無かった時に、懐中電灯も無くて真っ暗。
恐る恐る外に出たら
、
野生鹿が40頭くらいの群れでいて、
私が出てきたのをみるなり、蜘蛛の子散らしたように
キューって叫んで
み~んないなくなっちゃって、
Σ(゚д゚lll)
こっちもビビって尻もちついたら、
空に満点の天の川銀河が、
広がってて、、、思わず感動しちゃって。

鹿がキューンって鳴くのも、
始めて知ったし
、あんなに綺麗な星空は人生で初めてで、
ついそのまま散歩しちゃって、
そしたら月が出てきて月明かりで歩けちゃって*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そんな素晴らしい自然に囲まれた生活していても、
やっぱり自然は厳しさもあって、
ルールも殆ど決まって無い、
頼れる知り合いもいない始めての土地で、
28歳にして全てが初体験。
そりゃ、上手く行かないゎ…。
本当に、今だったら違うなぁ~って事がたくさんあります。( T_T)\(^-^ )
人はいくつになっても成長するし、始めては解らない事だらけ。
だって、
思い返すと笑えるけど、
初旅の屋久島にシャネルのバックを持って行ったら会った人殆ど引いててさ(・_・;
エルメスのバーキンも持ってたんだけど、知らない人いたもの。(;゜0゜)
今ならその気持ちも分かるんだけど、あの頃は全くわからず嫉妬だと勘違いしていたり…(-。-;
や~、人は変わるよね。
まぁ霧島Pの事やその前の私の人生についてはまだまだ書いていくけれど、
いろいろ許可とらないと書けないこともあるため、今日はこの辺かな(^^;;
読んでくださった皆様、ありがとうございます。
誤字脱字があるとは思いますが、
伝えたい想いとメッセージが届くことを祈って、今日はこの辺で失礼します(^^)
jamin




