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灰の目録

断り

これを書いている者について、多くは記さない。名は要らない。ただ一つだけ断っておくと、私はこの村の外にいたことがない。外があると聞いたことがあるだけで、聞いた相手はもう死んだ。だから以下に記すことは、外から見た記録ではない。内側で、何かが減っていくのを見ていた者の帳面にすぎない。

減ったものの名は、たいてい減った後に思い出せなくなる。だから名の分からないものは、名の分からないまま書く。読みにくいのは、そのためである。


一 枡を持ってきた男

男が枡を持って村に来た。よい枡だった。木は堅く、目は正確で、誰が使っても同じ量になった。

それまで穀物は、抱えて数えられていた。ひと抱え、ふた抱え。抱える者の腕によって量は違ったから、取引には必ず言い争いがあった。老人は若者より少なく抱えた。それでも老人のひと抱えは、老人のひと抱えとして通っていた。

枡が来て、争いは消えた。誰も損をしなくなった。

三年ののち、穀物商が村に来て、去年より収量が二分増えていると言った。村の者は喜んだ。ただ一人、老いた女が、去年のほうが穂は重かった、と言った。商人は枡を指した。女は黙った。

女が黙ったのは、間違っていたからではない。重さを言うための枡が、村になかったからである。

その女が死んだあと、穂の重みについて語る者はいなくなった。枡は今も正確である。


二 添えの実

果樹園には、実のほかに落ちるものがあった。

秋の終わりに、枝から何かが落ちる。実ではない。売れない。名もない。子どもがそれを拾って遊び、拾いながら、どの枝の下に多く落ちるかを覚えた。覚えた子は、翌年その枝が弱ることを言い当てた。なぜ言い当てられるのかは、本人にも説明できなかった。

新しい園主が来て、園を整えた。落ちるものは掃かれ、掃く手間も省かれるよう、落ちない木に植え替えられた。収量は上がった。帳面のどの列も、去年より良い数字を示した。

数年して、木が弱りはじめた。園主は肥料を増やした。増やせば少し持ち直し、また弱った。弱る前に気づいた者は、かつて園にいた。いまはいない。

損は、どこにも計上されていない。それが最も正確な記述である。


三 油と、油から作れたはずのもの

地の底から黒い水が出た。

燃やすと熱が出る。熱の量は測れる。測れるものは値がつき、値がついたものは取引された。掘る者、運ぶ者、燃やす者。三つの仕事ができ、いずれも栄えた。

黒い水からは、ほかにも作れた。薬になり、糸になり、光を通さぬ膜になった。ただしそれを作るには、水を長く見ている必要があった。見ている間、その者は何も生産しない。

燃やす仕事のほうが、はるかに測りやすかった。掘る者と運ぶ者の給金は、燃やした量で決まった。長く見ている者に払う根拠は、どの帳面にもなかった。

やがて誰も、燃やす以外の使い道を知らなくなった。知らないので、失われたとも思わない。黒い水は今日も燃えている。よく燃える。熱の量は、記録され続けている。


四 千の店、ひとつの窯

市には千の店があった。

どの店も違う品を並べていた。青い皿、赤い壺、細い瓶。客は選ぶことができた。選べることを、人々は豊かさと呼んだ。

品はすべて、山向こうのひとつの窯で焼かれていた。誰も隠していない。聞けば教えてくれる。ただ、誰も聞かなかった。店が千あることと、窯が一つであることは、別の話だと思われていた。

ある年、窯の床が傾いた。

その日から、千の店の品が、同じ方向にわずかに歪んだ。青い皿も赤い壺も細い瓶も、同じ角度で。客はしばらく気づかなかった。歪みは全部の品に等しく現れたので、比べる相手がなかったのである。

比べる相手を持つことを、かつては別の言葉で呼んでいた。その言葉は、豊かさという語に押されて、使われなくなった。押されたのであって、否定されたのではない。否定されたなら、覚えている者がいただろう。