ボストン美術館の至宝展-東西の名品、珠玉のコレクション@東京都美術館 | ☆♪ブラックジャックの気ままな日記♪☆

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世界有数の規模と質を誇るボストン美術館のコレクションは、国や政府機関の経済的援助を受けず、ボストン市民、個人コレクターや企業とともに築かれています。本展では、美術館を支えてきた数々のコレクターの物語に光を当てながら、発掘調査隊の成果を含む古代エジプト美術から、歌麿や蕭白らによる日本・中国美術の名品、ボストン市民の愛したモネやファン・ゴッホを含むフランス絵画のほか、現代美術までを選りすぐりの80点でご紹介します。

東京展(上野:東京都美術館):~10月9日
神戸展(神戸市立博物館):2017年10月28日~2018年2月4日
名古屋展(名古屋ボストン美術館):2018年2月18日~7月1日

○公式サイトによるみどころ
特設WEBサイト
http://boston2017-18.jp

1. 英一蝶の巨大涅槃図、約170年ぶりの修理を経て、初の里帰り!

江戸に生きる人々の風俗画を得意とした一蝶が描く釈迦の入滅。表具をいれると高さは約4.8mにもなる巨大涅槃図が、1年に及ぶ本格的な解体修理を経て初里帰りします。悲しみにくれる菩薩や羅漢、さまざまな動物たちの表情やしぐさは必見です。

2. ファン・ゴッホの「ルーラン夫妻」、二人そろって日本へ

南フランス・アルルでファン・ゴッホが出会ったルーラン一家。見知らぬ土地で生活を始めた画家を支えた夫婦に、彼はどのような眼差しを向けたのでしょうか。この夫婦の肖像画が、2点揃って日本で展示されるのは初めての機会となります。

3. 世界屈指のコレクションに隠れたコレクターたちの物語をたどる。

出品作品の多くは、ボストン市民をはじめとする個人コレクターの手を経て、美術館に収蔵されました。公共心のある魅力的な人物と作品をめぐる物語もご紹介します。

〇もう少し分類すると、
「ボストン美術館の至宝展」の展示は、大きく7つのエリアに分けたうえで、各コレクターが寄贈した作品を纏めて展示。

1.古代エジプト美術
2.中国美術
3.日本美術
4.フランス絵画
5.アメリカ絵画
6.版画・写真
7.現代美術

の7エリアで、全部で80点の展示で、1エリア10作品位。

ガイドを聞きながら、ちょっと気になる部分がありました。

●ツタンカーメン王頭部。砂岩で創られており、そして18歳で亡くなったと。(死因については分からない)

●フィンセント・ファン・ゴッホ、《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》1888年

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僕はゴッホの映画も見ました。

映画は、1991年に作られ(フランス映画)、監督のモーリス・ビアラは美術家を目指し、敬愛するゴッホについて学んでいたが、美術家としては大成することが出来なかった。但し、縁があり、ゴッホに関する映画を撮り、フランスの映画を担う今の人々にとっては、最も尊敬する監督と称されています。

とにかくゴッホ役を演じたジャック・デュトロンさんがゴッホに似すぎ(笑)。

映画の前提として、
1888年10月末からポール・ゴーギャンを迎えての共同生活が始まったが、次第に2人の関係は行き詰まり、12月末のファン・ゴッホの「耳切り事件」で共同生活は破綻。以後、発作に苦しみながらアルルの病院への入退院を繰り返した(アルル時代)。1889年5月からはアルル近郊のサン=レミの精神病院に入院した。発作の合間にも「星月夜」など多くの風景画、人物画を描き続けた(サン=レミ時代)。
本映画では、1890年5月、精神病院を退院してパリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズに移った時期から物語が始まります。療養のためにオーベルの村を訪れたゴッホが、医師ガシェの娘マルグリットと出会い。ゴッホはマルグリッドをモデルに絵を描き始め、やがて2人は親密さを増す。更に、弟へ苦悩を語る、弟の奥さんには、イタズラをしたりと、ゴッホ自身の生活について描かれていました。(ゴッホが亡くなった後も、周りの人たちは、なんら感傷に浸ることなく、死は普通の出来事ですよというニュアンス)

ジョゼフさんを演じられた役者さんも似ていたような・・・

音声ガイドによれば、《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》は耳切りする前の作品で、それまでの作品同様に、ゴッホらしい画力と、ジョゼフの特徴を細部に至る一方で塗り直した部分も分かります。背景が質素なのもルーラン婦人と比べると対照的。

●フィンセント・ファン・ゴッホ、《子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人》1889年(この奥さんを描いた作品は4点あり、ほぼそっくり)

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ジョゼフの奥さんを描いた、こちらの絵は、耳切り後に創った作品で、派手な色使いと、晩年にも通ずるようなタッチの力強さとともに、背景となる部分も、独創的な感じです。

そもそもジョゼフとのつながりについて調べると、

見知らぬ土地に暮らし始めたファン・ゴッホにとって、ジョゼフ・ルーランはモデルとなってくれる数少ない友人だった。ジョゼフの仕事は「郵便配達人」と紹介されることが多いが、実際にはアルル駅で郵便物の管理を担当していたとされる。ジョゼフばかりではなく、妻オーギュスティーヌ、長男アルマン、次男カミーユ、赤ん坊の末娘マルセルもファン・ゴッホのモデルとなった。20点以上も残される一家の肖像画は、画家とルーラン一家との親愛の情を映し出している。この人の作品は6点あり、上記は最初の作品。後半3点ジョセフの作品は、ゴッホのイメージで作ったもの。

ルーラン夫妻は、精神的にもファン・ゴッホの支えとなった。1888年12月、ポール・ゴーギャンとの共同生活が破綻した際、ファン・ゴッホは自らの耳を切った。ジョゼフは入院した彼を定期的に見舞い、外出が許されたときには彼に付き添った。パリに住む弟テオとも連絡を取り合い彼を支え、マルセイユに転勤したのちも交流は続いた。ファン・ゴッホは、テオ宛ての手紙に「ルーランはぼくの父親というほどの年齢ではないが、年長の軍人が年下の兵に接するような寡黙な厳しさと愛情を注いでくれる」とその存在の大きさを書き記している。一方でモデルになる人が少なかった。

館内を出ると、ご夫妻との記念写真を撮れるエリア。

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●英一蝶の巨大涅槃図
170年振りに修復作業を行ったということで、修復作業を録画したビデオが館内で流れていて、且つこの修復作業が無かったら、ボストンでもお披露目も無かったと伺いましたので、これもまた、究極の至高時間です。とにかく丁寧に描かれ、この絵が1713年に創られていた事に凄さを感じます。描かれている動物も親子と特徴的。英一蝶は狩野派にいたが破門、浮世絵を書いたり、書も上手く、俳句も詠み、松尾芭蕉とも親しかった。吉原で太鼓持ちをしてお金を得て絵を書いた。1度牢屋に入り、1度島流しに。結果11年の間、三宅島で生活。理由は諸説あり、生類あわれみの令があり、釣りをしたから・・・三宅島でも江戸から沢山の絵の依頼が多く、島一蝶とも言われた(美の巨人たちの予習も役立ちました)。

絵を眺めていく内に、当然の様に疑問が湧いてくるので、何故、この絵のこの部分に描かれているのか?見た目は自由の女神に見えるけど、実際はどうなのなど多岐に渡ります。当然、館内にいる職員さんに聞くのですが、付録図書には記載が無かったり、学芸員さんに聞いてみないと分からない、何時ご返事出来るかも分からない、質問を纏めて紙などに書いていただければ(メールアドレスを教える)、何時になるかは分からないけど、回答をしてくれるという問答がありました。担当する絵画について、何も疑問を持たずに、単に担当、持ち回りという感じで終わってしまうのかなぁ?と考えると、少なくとも、年に数回、素晴らしい絵画を目にするわけですから、より細部を見ることで、不思議に思わないのかなぁ?思考に対する機会損失をしている様で残念。

絵画を見終えて、販売コーナーで毎度の様にA4サイズのファイル入れを購入しました。

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そして、写真には収めることが出来なかったのですが、RIKOHが協賛ということで、3Dプリントをした絵画が販売されていました(デトロイト展ではタッチした写真を撮れたのに・・・)。実際に絵画に触れることで、画家のタッチが分かります。

●カミーユ・ピサロ、「ポントワーズ、道を照らす陽光」、1874年

点々としたタッチで、柔らかい。

●クロード・モネ、「くぼ地のヒナゲシ畑、ジヴェルニー近郊」、1885年

赤いヒナゲシ畑の部分が肉厚で、タッチ出来る絵画の中では一番の強いタッチ。

●クロード・モネ、「アンティーブ、午後の効果」、1888年

強さを感じますが、ヒナゲシと比べると、弱い。


●クロード・モネ、「睡蓮」、1905年

こちらは、ハスの部分のタッチが力強い。音声ガイドを聞いていて初めて知ったのですが、モネは48点もの「睡蓮」の作品を発表しています。その一部がボストン美術館にある。僕は美術番組でオルセー美術館にある事は知っていたのですが、こんなに多くの作品を描いていた事にはビックリです。

一方で、睡蓮について調べると、生涯では300点以上描いているという記述もありました。

●ピエール=オーギュスト・ルノワール、「陶製ポットに生けられた花」、1869年

お花の部分については、タッチが強い。ヒマワリ、バラなどが鮮やか。

但し、ルノワールは「花を描いた静物画については、裸婦の肌の表現のための実験であり、花の実験をとおして得られた成果をほかの作品に応用する」と語っています。

●ギュスターヴ・クールベ、「銅製ボウルのタチアオイ」、1872年

点々としたタッチ。
それよりも、解説文に、タチアオイが”秋”や”人生の終わり”を象徴すると記述されていました。

僕が知っているタチアオイの花言葉は、”野心”、”豊かな実り”だったので、意外です。

元々、花言葉はフランスが発祥の地ですが、国によって、変わる場合もありますし(品種改良したものは、購買意欲をそそる様に、それをウリにして、販促しているとも言えます)、受け止め方でかなり変わります。

●アンリ・ファンタン=ラトゥール、『卓上の花と果物』、1865年

花の画家とも呼ばれるラトゥールの静物画で、桃、葡萄を含めて瑞々しさを感じて、これは食べたいなぁと実感させる作品に会えたのはラッキーでした。

数々の名作を見てきた中で、何時までも眺めていたいと感じたのは、ワシントン・オールストンの「月光」、1819年です。


絵画修業でイタリアやフランスの色々な風景画を描いたというオールストン。

幻想的な田舎の風景は、光の配合だったり、川に浮かぶ月が秀逸に感じました。
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引用:Moonlight | Museum of Fine Arts, Boston


80点の展示数で、僕はファイル入れ購入を含めて、2時間ぐらい楽しみました。ゴッホなど著名な画家が使った鉛筆(B4だったかな)や、色鉛筆も販売されていました。お試し用に白い紙が用意されていたので、ニコちゃんマークと、ヒマワリを描いて来ました。外側の花びらは白で、中心部分は赤。最近は品種改良も行われ”ゴッホのヒマワリ”というものもありますし、花びらがワインレッドのものもあります。何故、赤にしたんだろう?と考え直すと、その時のインスピレーションだったのかな(^^♪

今秋は、まだまだ美術館巡りが続きます。