まぁ、詳細は言えないけども
身内の人が割と大変なことになってしまって
不覚にも「命」なんていう壮大なテーマについて考えてしまった
発散しないとしばらくモヤモヤしてだめになりそう
エゴだけど、そもそもブログなんてエゴだから今の考えをここに綴ります
あの人はいつもよくしてくれていた
親が不在の時に家の鍵を預かっててくれたり、
昼ご飯を食べていないというとなにかしら用意してくれたり、
おやつくれたり
たわいもないことばっか、だった
でも今思うと優しさで溢れていたんだなって
気付くか気付かないか
そんな瀬戸際の幸せがいつまでも続けばどれほど幸せなんだろう
でもそんなことはありえないと考えたほうがいいのだろうか
元々あの人は体が弱かったらしい
そして今、命にかかわるような病を指摘されているあの人
そもそも人は最終的には同じ門を通り終わる
それはわかっている
いわば人はその門を通るために生まれてくるようなもの
なのに
その門を通ることがあの人にとって幸なのか、不幸なのか
そして門を通る瞬間を見届けるものからすればそれは幸なのか、不幸なのか
その感情を一人ひとり抱えることが、「生きる」ということなんだろうと思う
発散できた
でもあくまで可能性の話だからね
いずれ終わることだけども、できる限りその幸せを感じたい
どうか、もうすこし生きていてください