1968年初夏のスコッツウッドは、産業の終わりかけた匂いがしていた。
造船所のクレーンは以前ほど動かず、石炭の粉塵は洗濯物に薄く積もる。公営住宅は黒ずみ、階段は湿り、廊下にはビールの空き瓶が転がる。失業と貧困は特別なものではなく、背景の一部だった。
子どもたちは路地と廃屋を遊び場にしていた。
監視の目は薄く、危険は日常に溶け込んでいる。
5月25日。
4歳のマーティン・ブラウンが、崩れかけた廃屋の一室で発見される。
仰向けに倒れ、目は半開き。
頸部に圧迫痕。
顔色は不自然に蒼白い。
検視では窒息死の可能性が示唆された。喉頭部周辺の軟部組織に損傷があり、頸部への外力が加わった形跡がある。だが当初、警察は事故の可能性を完全には排除しなかった。廃屋での転倒、遊戯中の圧迫――そうした説明も検討された。
が、一人の少女の奇妙な言動が殺人を匂わせる。
11歳のメアリー・ベルである。
事件直後から周囲にこう言っていたという。
「マーティンは殺されたのよ。」
死因が公表される前に、“殺された”と断言する。
さらに、遺体のあった場所や姿勢について具体的に語った。
加えて、近隣施設に投げ込まれたメモ。
“I murder so that I may come back.”
子どもの筆跡だが、“murder”という単語だけが妙に強い。
当時はまだ決定打にならなかった。
しかし疑念は残る。
そして7月31日。
3歳のブライアン・ハウが草地で発見される。
今回は明白だった。
首には指で強く押さえつけられた痕。
頸部圧迫による窒息。
さらに、腹部や性器周辺に鋭利なもので刻まれた浅い傷。
死後、あるいは瀕死の状態で加えられた可能性が高い。
事故ではない。
街の空気が一変する。
聞き込みの中で浮かび上がるのは、
メアリー・ベルが被害児を連れ歩いていたという証言。
事件直前、強く叱りつけていたという目撃。
そして、死体発見前に状況を知りすぎていたこと。
警察は彼女と友人ノーマ・ベルを事情聴取する。
取り調べの中で、メアリー・ベルは揺れ動く。
否認し、他人のせいにし、そして突然笑う。
最終的に彼女は、ブライアンの首を両手で押さえたことを認める。
動機は一貫しない。
「泣きやまなかったから。」
「静かにさせたかっただけ。」
その供述は幼く、だが行為は決定的だった。
⸻
葬儀の日。
証言によれば、メアリー・ベルは被害児の葬儀の場に現れ、遺族に向かってこう言ったとされる。
「彼、かわいく見えるわね。棺の中で。」
さらに、泣き崩れる母親を見て笑ったという証言もある。
「ねぇ今、彼が死んでどんな気持ちなの?」
真偽の細部は証言ごとに差があるが、
少なくとも彼女の態度が周囲に強い違和感と怒りを与えたことは確かだ。
葬儀という共同体の悲嘆の場で、
彼女は悲しみを共有しなかった。
それは残酷さというより、
“空洞”の印象を与えた。
⸻
裁判では、家庭環境が詳細に語られる。
母親は売春をしていたとされ、
幼少期から暴力と性的逸脱行為にさらされていた可能性が指摘された。
睡眠薬を飲まされていたという証言もある。
不安定な養育環境。
精神鑑定では、
情緒の未成熟、強い注意欲求、共感性の欠如が示唆される。
だが同時に、彼女は11歳だった。
ここで重要なのが、英国の刑事責任年齢だ。
当時も現在も、イングランドとウェールズでは刑事責任年齢は10歳。
つまり彼女は法的に「責任能力を持つ」と判断される年齢に達していた。
しかし、11歳の子どもを成人刑務所に収容することは現実的ではない。
判決は「manslaughter(故殺)」で有罪。
だが刑務所ではなく、無期限の拘束を伴う少年矯正施設への収容が命じられた。
理由は明確だ。
・年齢
・精神的未成熟
・更生の可能性
・成人受刑者との接触による二次被害の防止
英国の少年司法は、「処罰」よりも「矯正」に重点を置く理念を持っていた。
社会は怒りに満ちていたが、国家は彼女を“閉じ込める”だけではなく、“作り直す”対象と見なした。
それは甘さではない。
11歳を終身刑務所に入れることは、法治国家としての自己否定になる。
1968年12月、ニューカッスル巡回裁判所。
被告席に立つのは、身長の低い11歳の少女――
メアリー・ベル・ニュービギン。
⸻
法廷は異様な緊張に包まれていた。
傍聴席には報道陣。
怒りと好奇の混じった視線。
「子どもが子どもを殺した」という事実は、英国社会に衝撃を与えていた。
検察は二件の死を並べる。
マーティン・ブラウン、4歳。
ブライアン・ハウ、3歳。
とくにブライアンの検視報告が読み上げられる場面は、法廷の空気を凍らせた。
頸部への圧迫痕。
窒息。
死後あるいは瀕死状態で加えられた腹部への切創。
検察は、意図的な圧迫であったと主張する。
「被告は両手で被害児の首を押さえつけた。」
供述の一部が引用される。
“I just put my hands round his throat.”
幼い声で語られたとされるその言葉が、
活字となって読み上げられる。
弁護側は、計画性の欠如と精神的未成熟を強調する。
精神鑑定医は証言台に立ち、こう述べる。
被告は深刻な情緒障害を抱えている可能性。
強い注意欲求。
家庭内暴力の影響。
愛着形成の障害。
母親の証言も法廷に出る。
売春をしていた事実については否定や曖昧な回答が混じるが、
家庭が安定していたとは言い難い内容だった。
睡眠薬を与えたという疑惑も取り沙汰された。
だが法廷で問われているのは、
家庭の崩壊ではなく、殺害行為そのものだ。
陪審は慎重に審理を進める。
ここで重要なのは、英国法における刑事責任年齢。
当時も10歳。
つまり被告は法的に責任能力を問える年齢に達している。
ただし、
「完全な殺意(murder)」を成立させるかどうかは別問題だった。
最終的に評決は――
ブライアン・ハウに対する故殺(manslaughter)で有罪。
マーティン・ブラウンに関しても責任が認定される。
“murder”ではなく“manslaughter”。
これは重大な違いだ。
故殺は、意図はあったが完全な悪意や計画性が認められない場合に適用される。
陪審は、彼女が死の結果を完全に理解していたとは言い切れないと判断した。
判決は「Her Majesty’s pleasure」。
女王陛下の裁量による無期限拘束。
これは実質的な不定期収容を意味するが、
成人刑務所ではない。
理由は三つ。
第一に年齢。
11歳を成人刑務所に送ることは国際的にも強い批判を招く。
第二に更生の可能性。
英国少年司法は、処罰よりも矯正を理念に持つ。
第三に保護。
成人受刑者との接触は、さらなる暴力と搾取の危険を伴う。
彼女は少年矯正施設へ送られる。
法廷を出る際、
傍聴席から怒号が飛んだと報じられている。
「怪物だ。」
「一生閉じ込めろ。」
だが国家は、
11歳を終身刑務所に入れる道を選ばなかった。
⸻
この裁判は、英国社会に議論を巻き起こす。
・刑事責任年齢は妥当か
・家庭環境はどこまで量刑に影響するべきか
・子どもに“悪”は成立するのか
メディアは彼女を「悪魔の少女」と呼び、
同時に福祉制度の失敗を論じた。
この法廷は、単なる殺人裁判ではなかった。
国家が、
“壊れた子ども”をどう扱うかを問われた瞬間だった。
精神鑑定 ―― 11歳の内側をどう測ったのか。
1968年当時、児童精神医学は今ほど精緻ではなかった。
それでも裁判では複数の専門家がマリーベルを評価している。
診断名としてはっきりとした現代的ラベル(例:反社会性パーソナリティ障害など)は付けられていない。年齢的に不適切でもある。
だが報告書で繰り返し指摘されたのは次の点だった。
・極端な注意欲求(attention-seeking behaviour)
・共感性の欠如
・情緒の未成熟
・虚言傾向
鑑定医の一人は、彼女について「感情の表出が浅く、他者の苦痛への反応が乏しい」と述べたと報じられている。
しかし同時に、
・知的能力は平均的
・現実認識は保たれている
・善悪の区別は概念として理解している
とも評価された。
ここが難しい。
“理解している”ことと、
“内面化している”ことは違う。
精神鑑定では、家庭環境にも触れられた。
母親は売春に従事していたとされ、
幼少期から不安定な養育環境。
暴力や性的逸脱的状況に晒されていた可能性。
ある証言では、母親が娘に睡眠薬を与え、
客の前に出したという疑惑も語られた。
これが事実であれば、
愛着形成は深刻に歪む。
精神医学的に見ると、
幼少期の慢性的トラウマは以下を生むことがある。
・感情の麻痺
・支配欲求
・痛みに対する鈍麻
・他者を“物”として扱う傾向
ただし重要なのは――
鑑定医は彼女を「精神病」とは判断していない。
幻覚や妄想は確認されず、
現実検討能力は保たれていた。
つまり、
「責任能力を完全に失っていた」とは言えない。
しかし同時に、
「成熟した殺意を持った成人と同列」とも言えない。
このグレーゾーンが、陪審評議の核心になる。
陪審評議の争点 ―― murder か、manslaughter か。
英国法において、murder(殺人)を成立させるには
明確な悪意(malice aforethought)が必要とされる。
つまり、
・殺す意図があったか
・重大な危害を与える意図があったか
が争点になる。
検察は主張する。
首を両手で強く圧迫すれば、
窒息死の危険があることは理解できるはずだ。
さらに、死後の損壊行為は残虐性を示す、と。
だが弁護側はこう反論する。
11歳の子どもが、
窒息の生理学的帰結をどこまで理解できるのか。
彼女は「静かにさせたかった」と供述している。
殺意ではなく、衝動と未熟さ。
さらに精神鑑定は、
情緒障害と愛着の破綻を示唆している。
陪審はここで分かれる。
もし murder を認定すれば、
彼女は事実上の終身刑に近い扱いになる可能性がある。
しかし manslaughter であれば、
責任を認めつつも、未成熟を考慮できる。
最終的に陪審が選んだのは manslaughter。
これは「無罪」ではない。
しかし「完全な悪意の殺人」でもない。
この評決は、社会に複雑な反応を呼んだ。
被害者家族の一部は、
甘すぎると怒った。
一方で、
児童福祉関係者は「妥当」と評価した。
なぜなら、この裁判は
単に罪を量るだけではなく、
子どもが“悪”を為したとき、国家はどう裁くのか
という問いそのものだったから。
そして、少年矯正施設へ。
判決は「Her Majesty’s pleasure」。
これは期間を定めない拘束を意味する。
しかし収容先は成人刑務所ではない。
理由は法哲学的にも重要だ。
英国少年司法は、
「子どもは可塑的である」という前提に立つ。
もし彼女を成人刑務所に入れれば、
・暴力的環境への再曝露
・性的搾取の危険
・反社会性の固定化
が高まる。
国家は処罰よりも矯正を選んだ。
それは被害者への軽視ではなく、
“再犯を防ぐための合理的選択”でもある。
最後に残るもの ―― 悪は生まれるのか、作られるのか
1968年のニューカッスル。
二人の幼児が窒息死し、
11歳の少女が有罪となった。
**メアリー・ベル・ニュービギン**は、
「怪物」と呼ばれた。
だが怪物という言葉は便利だ。
怪物にしてしまえば、
社会は安心できる。
あれは異常だった。
例外だった。
私たちとは違う、と。
しかしこの事件は、そう単純ではない。
精神鑑定は彼女を精神病とはしなかった。
現実検討能力は保たれていた。
善悪の概念は理解していた。
だが同時に、
幼少期からの暴力的・性的に不安定な環境、
愛着の破綻、
慢性的な情緒的剥奪が指摘された。
ここで生まれる問いは一つ。
善悪を「知っている」ことと、
善悪を「感じられる」ことは同じなのか。
首を押さえ続ければ人は死ぬ。
それは理解できる。
だが、
苦しむ相手の恐怖を想像できるかどうかは別だ。
共感性は、生得的要素もあるが、
多くは養育の中で育つ。
もし幼少期に、
・安心できる抱擁がない
・境界が守られない
・暴力が日常である
ならば、他者は「自分と同じ存在」ではなくなる。
他者は対象になる。
操作可能なものになる。
だがここで、もう一つの事実が立ちはだかる。
同じスコッツウッドで育った子ども全員が、
殺人を犯したわけではない。
同じように貧しく、
同じように荒れた住宅で育った者たちの大半は、
加害者にならなかった。
つまり――
環境は説明にはなるが、免罪にはならない。
陪審が murder ではなく manslaughter を選んだのは、
この矛盾の中間点だった。
完全な悪意ではない。
しかし無垢でもない。
英国は彼女を成人刑務所に送らなかった。
更生の可能性を残した。
それは冷酷さではなく、
国家としての賭けだった。
「子どもは変われる」という前提への賭け。
そして年月が流れ、
彼女は新たな身元のもとで保護される。
被害者家族にとっては、
決して癒えない。
加害者に匿名が与えられ、
被害者の名は歴史に固定される。
この非対称性もまた、
少年司法の宿命だ。
⸻
最後に残るのは、
血の匂いではない。
あの湿った公営住宅の階段。
昼間から酒を飲む男たち。
煙草の煙。
放置された子どもたち。
そして、首に手をかける小さな指。
悪は生まれつきか。
それとも育つのか。
おそらく答えは、どちらでもあるのだろう。
だが確かなのは一つ。
社会は、自分が育てたものからは逃げられない。