男は二階の窓から外を見ていた。避暑地の温泉街は普段なら百人規模で賑わっているが、今日は季節外れの台風で大雨が降っている。旅館脇の川も濁流が暴れながら流れている。

さっきから、二階のサッシの窓も強風に合わせて音を立てている。
男は、いつの間にか浴衣からジーンズに着替えていた。

男はテント布の雨ガッパと登山靴を着込むと、旅館の女将の制止を振り切って、外に出て行った。

大雨は更に続き、川の濁流は水かさを増している。旅館の脇の水面は、もう少しで岸に溢れそうな勢いである。そうすると旅館も危ない。

一時間前男は、旅館を出ると川上に向かって歩いて行った。男は川沿いの道を力強い足取りで山に向かって行く。幾つかの橋を渡って山に向かって行くと、川上に滝が見えてきた。

大雨のせいで凄まじい水が滝を流れている。水を塞き止めている大きな岩山が今にも決壊しそうである。

男は、辺りに人気がないことを確かめると、いつの間にか手に光る棒のようなものを持っていた。そしてそれを滝の真下に投げ込むと男は脱兎の如く川下に走って逃げて行った。

気が着くと天を割くほどの雷と稲光が滝に落ちて、川底にとんでもない 大きな穴が現れた。濁流はその穴にどんどん吸い込まれて行った。

そして川の水かさは信じられないほど下がって行った。滝の勢いも急激に落ちていった。

それから少しして雨は上がった。旅館の脇の川もいつもの水かさで流れている。
男は、何気ない顔で旅館に戻ると、一人温泉に浸かりながら、酒を飲んでいた。