おはよぉさんゃ!



俺はアントニオ猪木でプロレスにはまり

初代タイガーマスクで完全に虜になった。





その後

長州力の「維新」に共鳴し

前田日明の「殺気」にしびれた。




せゃ

新日本プロレスはメチャクチャ見てたんやけど

全日本プロレスはほとんど見てへんかった。


せやけど……

天龍源一郎の「革命」以降

俺は全日本もメチャクチャ見るようになった。





「長州が【夢がない】って言い残して去ってったこの全日本を俺がガッチリ受け止めてやるよ!」



こんな台詞吐かれたら

天龍サンを追っ掛けるしかないやろ?






当時の全日本プロレスは

大会場やTV中継のある試合だけは

最高のパフォーマンスを選手はするものの


地方会場では

「本気」にならん選手が多かった。


そこにまず一石を投じたのが天龍だった。



「会場がデカかろうが小さかろうが、全力で戦う!」



今となっては

パソコンやネットの普及で手抜きなんて出来んのが
当たり前にはなっとるけど

当時は違うたんやろな。



天龍は盟友である……


阿修羅・原との龍原砲を結成し

ベテランや中堅、そして若手に対しても

情け容赦なぃ戦いを仕掛けた。


そして

「絶対エース」であったジャンボ鶴田とも

壮絶な名勝負を繰り広げた。





すべては全日本のため

己の意地のため




身を削りながらの

「意識革命」をな。








今となっては

滑舌悪いプロレスラーとして

お茶の間で活躍しとるけど

当時はホンマにホンマに

ごっつい「ザ・プロレスラー」やったんや。






宵越しの金は持たない……っていう

典型的な昔気質の「男」を感じるプロレスラー。





天龍革命時代には

レスラーだけじゃなく

団体社員

TV関係者やマスコミ

そんでもって近くで飲んでた連中にも

ご馳走してしまう豪快そのものな人。



こんな人もうおらんよな。









「そろそろかなぁ」とは俺も思うてはいた。


でも


いざ「引退」……「廃業」が決まると


やっぱり寂しいわ。





思えば

週刊プロレスさんの企画で

天龍さんがレスラーと対談するってのが定期的に連載されとった事があった。

そのゲストに

奴……真壁刀義が呼ばれ

対談をさせてもらった事があった。





俺が天龍ファンだと奴は当然知っとるから

すぐさま連絡をくれてなぁ

「たった今、天龍さんと対談してきたわ」と

その感想やら内容をその日の内に聞くために

奴とメシを食うたこともあった。






当時

カバー曲ではなく「会場音源」の

モノホン曲が欲しかった学生時代の俺は

この一曲だけのために

ギタリスト高中正義さんのアルバムを買い

入場曲「Thunder  Storm」をカセットに入れた。

それを毎日毎晩聴いとった。








天龍さんは、あそこまで上り詰めた人なのに

常に周りが「ワクワクする戦い」を求めて

刺激を模索し続けたとこが尚更にゴツイ!








ラストマッチは見届けに行くつもりや!


ボロボロになるまで戦い続けた
天龍源一郎の最後の勇姿を


俺は必ず観に行くでぇ!



何クソ!
そうは行くか!
…俺の力の源なんだよ、この気持ちが

これは、天龍さんの有名なフレーズや。










天龍革命は

きっと天龍サンを見てたファン全員が

受け継ぐはずでっせ!





俺もそうやから。









Thunder  Storm(雷鳴)響いたら

天龍ファンよ
覚醒せぇ!






ほなっ!