思考の無限回廊

思考の無限回廊

2009年3月31日までの記事タイトルは五十音順です。

2009年3月31日までの記事タイトルは五十音順です。基本的に内容とは無関係です(たまに関係あります)。

今年は割と前向きに過ごせた気がします。

 

 

別に大層な悟りを開いたとかではないのですが、なんでしょうね、後はいつ死ぬか決めるだけかと思うと吹っ切れたというか開き直ったというか。

 

 

色々と付いていけなくなった職場から別の職場へ異動してみたんですが、これが思いの外良い方に作用しました。ストレスが減り明らかにワークライフバランスが向上しました。

 

 

去年から後ろ向きな断捨離をしていたんですが、自分の持ち物を見つめ直す中で「理想の部屋づくり」みたいなものに興味がでてきたのもあります。外出を殆どしなくなったので、いかに部屋を快適に過ごせるように考え、アップデートしていくのが楽しいです。

 

 

とはいえ、熱量が低いのは相変わらずなのでいきなり興味を失ったりするかもしれません。来年はどうなるんでしょうか。

 

 

 

無気力に過ごした一年でした。

 

 

趣味は続いていても以前のような熱量はなく習慣や惰性に過ぎないのかもな、との疑問は常にあります。

 

 

部屋の片付けは大分進みました。部屋がスッキリしていくのはそれなりに爽快で達成感もありますが、虚しくもありますね。

 

 

楽しいかどうかはともかく、大層な目的とかなくても惰性でも生きていけると思ったり、後はいつ死ぬかだけだと思ったり。

 

 

 

 

 

すべては惰性や義務感でやっているだけなのかなあ、とか思っている間にも時間は過ぎて今年も四分の一が終わりましたか。

 

 

とりあえず部屋の片付けを進めているのですが、一つ気付きがあって。

 

 

外出先で事故や事件に遭うパターンを除けば、私が孤独死を迎えるのは確定しているんですよね。孤独死自体は別にいいんですが、その場合後始末を親や兄弟に押し付けてしまいます。交流もなければ思い入れもない家族ですが、それはさすがに申し訳ないな、と。人生でやる事が無くなったと思っていましたが、遺品整理の手間を最小限にするのが私の最期のミッションなのかもしれません。

 

 

だから何だという話ではあるんですが、投げ遣りに行っていた作業も必要がある事だと思うと少しスッキリしたのも事実。片付けが終わるまでは安易に死ねないという気持ちにもなりました。まあ、それは片付けが終われば本当にやる事がなくなってしまうという意味でもあるのですが。どうなんでしょう、いつ死んでもいい状況になれば案外もう少し生きてみようという気分になったりするんでしょうか。その時にならないと分かりませんし、結局は自分の気持ち次第ですね。