池田屋事件で新選組を描いた物語は数多ありますが、当然、新選組に斬られた方がいるわけで。そっちはフォーカスされる頻度が少ないかもしれない。

この本は、池田屋で新選組に襲われた方を一人ずつクローズアップした小説です。伊東潤さんか・・・期待は高まるわ。

各話で主人公が入れ替わる連作短編になっているので読みやすいのはもちろん、それぞれパズルのピースを嵌めるような感覚で、全て読み切ると一つの出来事が完成する構造でして、大変楽しめました。

ここでは新選組はガラの悪い殺人集団なので（）それとわかって読んだ方がいいです。マジ壬生浪って感じで怖い怖い。

●『二心なし』：福岡祐次郎

この人、伊予松山藩の脱藩者。別にさしたる志があるわけではなくて、京に出てきたものの生きていく術もなく、川で入水しようとしていたところを立君（江戸風に言えば夜鷹）の女に救われます。

女と所帯を持ちたくて、生活のために新選組の試験を受けたところ、土方歳三直属の探索方として雇われる。

彼の仕事は、三条実美の家士に仕えて攘夷志士に潜り込み、新選組に情報を流すスパイ・・・

特に宮部鼎蔵なんかと親しく話をするうちにその情熱にほだされて、なんとなく自分も志士になりたいなぁと憧れます。

スパイの仕事に嫌気が差して、女と共に逃げようと計画していた矢先に池田屋に新選組が踏み込んできたのですが、混乱する現場で彼が斬ったのは・・・

この人、弱い人間だったんだね。こんな動乱の京都になんて来てはいけない人だった。が、国元にいても生活は悲惨だっただろうしなあ。利用されまくった犠牲者って感じで、哀れな末路でした。

●『士は死なり』：土佐藩士

北添佶磨を中心に、望月亀弥太とか土佐の脱藩志士たちが描かれるお話です。

うーん、彼ら大変な使命感や情熱を持った熱い男たちなのですが、なんかカラ回り感があるんですよね・・・特に土佐だと坂本龍馬とのやり取りが頻繁にあるのですが、なんか龍馬の見てる世界と全然スケールが違うのね。噛み合わない会話。

「蝦夷をロシアから守らなければ！」

志はよくわかったが・・・残念な結果に終わりました。

●『及ばざる人』：宮部鼎蔵

宮部鼎蔵がこんな中心的存在だとは知らなかったな〜

吉田松陰との親交が人格形成に大きく影響していたのですね。

熊本藩の兵学師範だった頃、宮部の評判を聞いて突然尋ねてきた吉田寅次郎（松陰）21歳。

吉田は独特かつ堅固な思想の持ち主で、お互い意気投合し以後二人は濃密な時間を共に過ごすことになります。

なんだかさ・・・

吉田松陰て、思考回路がちょっとクレイジーな感じ？

議論が白熱してくると、おやおやこれはヤベーぞ行き過ぎだぞ、っていう言動がちょいちょい出現する。

二人は一緒に長い旅をするのですが、途中で意見が合わず取っ組み合いの大喧嘩をして、「出てけー」つって宿から放り出されたりしてる。（しかも越後の佐渡で）

宮部の方がだいぶ大人で常識人のように見えます。

吉田松陰はいわゆる安政の大獄で処刑されるのですが、、、（別に安政の大獄じゃなくてもそりゃ処刑されるでしょうよ、って内容の犯行だと思ったわよ）

松陰との思い出が走馬灯のように頭を駆け巡りながら、宮部は池田屋で、近藤勇と激しい斬り合いの末、壮絶な最期を遂げる。

すっごい重たい読後感が来るお話でした。さすがの重鎮。

●『凛として』：吉田稔麿

この本に出てくる人物の中で、おそらく一番共感できて読者の心を掴むのは吉田稔麿じゃなかろうか。

この人のこと、漫画『PEACE MAKER』で知ってたのですが、第一部のラスボス扱いだったので、すんごい悪人不逞浪士なのでは、と思っていた。（だいぶイケメンに描かれているがね）

吉田稔麿さん、とってもご苦労なさっていたのね

長州藩の中間の家に生まれ、貧しい家だったのですが稔麿の頭の良さに気づいた父親は彼を松下村塾に入れる。

なんで松下村塾だったかというと、単純に家から目と鼻の先にあったから。（←こういう理由もあるんだな）

有能でどこにいても忠実に仕える稔麿は重宝され、実は長州藩と幕府の関係修復を図るべく、藩主の嘆願書「御願書」を幕府に提出する使命を帯びていたのですが・・・

その矢先に起きた古高俊太郎の捕縛。

これが稔麿の運命を変えることになる。っていうか、稔麿の運命が変わったと同時に長州藩の運命も変わったのでは？

長幕同盟かあ〜

それが実現していたら全然違う世界になってただろうな〜

（良く転んだのか、悪く転んだのかはわかりませんが）

稔麿が貫いたのは「義」。なので他の志士たちとは死に方が少し違いまして、とても感動の逸話となっています。

ゴメン誤解してた！吉田稔麿はすごい人だった〜

●『英雄児』：桂小五郎VS乃美織江

明治維新後の世の中。

政界のトップに立った桂小五郎改め木戸孝允は病床にあり、長い間わだかまりがあった乃美織江を突然家に呼びました。最後に言い遺しておくことがあるとのこと。そこで木戸孝允は、ずっと秘匿していた池田屋事件での自分の罪を告白します。

乃美織江は、幕末期の長州藩京都留守居役。

が、凡人の乃美には血気盛んな志士たちを全く制御することができず、見かねた長州藩は、相方として桂小五郎を留守居役に寄越してきたのでした。

乃美の方が年上なのに、桂は乃美を無能扱いして全く歯牙にも掛けないです。が、確かに桂が来たことで志士たちへの指揮命令系統が出来上がりました。

これまでの短編の中で桂小五郎は要所要所で出てきていたのですが、確かに上から目線の高飛車な言動、嫌な奴でしたねー。

けど、池田屋事件の時、桂さんてどこにいたの？

この謎っていうか恥になるのですが、彼が死ぬ間際に懺悔するというお話です。

まあ、内容的には「そっかー、確かに許せんな」なんですけどもう終わったことだし、今言われてもねェ・・・

寂しい人生を送ってきた乃美さんの心中を察すると、やりきれない思いになりましたね・・・

〜おまけ〜

これも高知のお土産。

龍馬はコーヒー飲んでたっけか。

池田屋乱刃