😹おやじの母親は農村育ちで偏食家です。肉(牛・豚・鶏)や小魚を除く魚類全般が食べられず、野菜中心の食生活である。そんな母に育てられ、加えてお婆ちゃん子であったから甘やかされて😹おやじは幼少期から好きな物しか食べなかった。小学校に入学すると地獄が待っていた。

当時の学校給食は何でも食べる、食べるまで昼の掃除があっても席を後ろに移動されて食べさせられてういた。今では考えられないでしょうね。

唯一救いであったのは運動会での昼食です。母が作った弁当を食べられるからです。覚えている限り毎年同じメニューで稲荷寿司弁当であった。

それだけ好きだったのか、他を受け付けなかったからでしょう。兄弟姉妹と父も食べていたから我が家の定番メニューだったのかも知れない。

弁当持参の中学校に上がっても😹おやじの偏食は変わらず、好きなおかずを入れてもらっていた。極端な場合は卵焼きだけです。

当時はキャラ弁とまでいかないが、同級生の弁当は華やかでした。ある日、同級生から卵焼き弁当を見られてバカにさせたいた。しかし、これが縁で友達となってしまった。

社会人になっても弁当を見せる事が恥ずかしくて仕方無かった。縁あって調理師免許を持っている😹おばさんと夫婦となったが偏食は改善せず、😹おばさんの腕を生殺しにしていた。幸い😹息子ができたり、親戚との寄り合いで腕を振るってういた。
嫌な料理はお下げします
嫌な思いをさせ反省しています