気分が落ち着いてきたから、😸おばさんの卵巣癌発見から余命宣告までの経緯を記録として残します。
2020年、😸おばさんの職場からの勧めで人間ドックを受けた。卵巣付近に大きな陰が見つかり大学病院で精密検査を行ってもらった。結果は卵巣癌ステージ4Bです。手術適応外ですが、チーム医療で見事に取りきってくれたのです。

まさか成功するとは病院側も思っていなく、予想外の出来事で婦人科部長までが見舞いに来てくれ、症例報告として発表したいとお願いされた。二週間入院して自宅療養です。半年後には職場復帰できる程に元気になったが、三ヶ月に一度のCT検査を義務付けられた。

しかし二年後に再発が確認されて、二週間に一度、二泊三日の抗癌剤治療が行われた。最初の卵巣癌の大きさは16cm大でしたが、再発時は6cmだった。急激に進行していた。😸おばさんと😸おやじは治療で治ると考え安心していた。

抗癌剤治療では4cm大までしか縮小せず、放射線治療も併用したのです。幸い1cm大まで縮小し、癌細胞なのか抜け殻なのか判別できない状態まで治った。

これが昨年の秋です。頑固な😸おばさんは、更に小さくなると思って抗癌剤治療を続けた。😸おばさんの兄と😸おやじは反対でした。
今年の四月の検診では主治医が不在で代理医師が担当してくれたのです。医師が違うと病気の診え方が違い、血液の異常を疑ってくれ、専門医の診察で骨髄形成症候群と診断されてた。数日後には余命半年と宣告されたのです。

次第に入院前の血液検査で引っかかり、二週間に一度の抗癌剤治療の頻度が三週間に一度のなっていった。昨年末から今年の年始にかけて、体のだるさや貧血を訴え出し輸血で凌いでいたが限界が来た。

家族は受け止められたが本人は驚き悲しんだだろう。宣告後、😸おやじと二人になると泣いていた。😸おばさんは馴染んだ場所で逝きたいと望んで自宅療養に切り替えた。本来なら夏から秋までの命だったが、衰弱が激しくなった。





