今年で34歳(多分)。
年齢のあとにかっこ書きで多分とつけなくてはならないほど自分に興味はない。
30代とはそういうものだ。
自分の年齢すらあやふやになってくる。
日常に大きな変化はなく、ただなんとなく生きている。
オタクとしては頭の中お花畑のハッピー野郎だけど殊ひとりの人間となると頼りない。
一言で表すとネガティブ。
さて、タイトルである。
私は文章を書き終えてからタイトルを付けるタイプだが(大抵の人はそうなんじゃないだろうか)、今回はなんとなくぼんやりしたテーマとまではいかないがざっくりしたイメージが浮かんだのでタイトルから書き始めてみた。
そろそろ死ぬのかなと思う。
周りの同世代は結婚して出産して子育てに奮闘している。それは尊く、立派だ。とても眩しい。
そうでない人は仕事に打ち込み、勉強に励み、これまたとても立派だ。偉い。
私はどうだ。
何もない。いや、違う。何もしたくない。
死にたいのか。
いや、違う。何もしたくない。
っていうか死ぬほど悩んでるとかそんなこともないんですけど。全然毎日スマホ見て推しの情報集めてフンフン鼻息荒くしてしょーもない動画見て笑ってコンビニスイーツ食べてうまー!って叫んで布団に湯たんぽ入れてぬくぬく〜幸せ〜ってアホ面で幸せに生きてるんですけど。
でも。
これは確信めいた何かがあって。
35歳で死ぬと思う。
それは全身が冷たくなって魂がどこかに行ってしまう身体的な死かもしれないし、この世の中で生きていくことができなくなるという社会的な死かもしれない。
とにもかくにもあと1年半ちょっとで死ぬ気がするのだ。
「生きる」のもしんどい。
でも「死ぬ」ほど不幸せじゃない。
この執着のない曖昧な人生観で生きていけるほど世の中甘くない。
だから自分の死を予感しているのかもしれない。
「こんな死に際の一言は嫌だ」
実はタイトルを思いついたときはこんな大喜利みたいなことをしてみようかと思ってたけどそんなことができる人間ならこんなネガティブな文章書いてないよね。
死ぬまであと1年半ちょっと。
それまでどう生きようか。
そんなことをぼーっと考えながら今日も生きるために栄養バランスが考えられた冷凍食品(nosh美味しいnoshありがとうnosh愛してるよ俺のnosh)を温めてムシャムシャ食べるのである。