昨夜は結局21:00ごろから千歳駅へ。22:00に寝る。夜中に3度ほど起きた後、早朝5:10起床。
準備をしている最中に多くの、じいちゃん、ばあちゃんと話をした。印象に残った1つの話。
そのばあちゃんの娘さんが20歳ぐらいの頃、男にだまされて大阪へ行ってしまったらしい。ホントにだまされたのか?と思って聞くと、涙まじりに、「おとなしい子だったから」と言っていた。3回、大阪に迎えに行ったがアパートに外かぎをかけて、閉じ込められていたらしく、大家さんに開けてもらったという。つれて帰っても、すぐ迎えに来て大阪に行ってしまい、もう娘は死んだものと思おうとしていたら、42の若さで、肺がんで亡くなられたらしい。孫もいるらしいが、その父(娘の夫)も孫も一度も顔を見せに来ないらしい。その人が、「女親は女の子が一番かわいい」と、言っていたのが印象に残った・・・。
6:00出発。県道からR128にのり、九十九里の手前でパン1個。その後、九十九里道路にのった。九十九里浜は、写真にとろうと思ったが、写真であのえげつなく続く砂浜の広さを表現できないと思い、心にとどめておくことにした。
有料道路から県R30にのり、ひたすら一直線の道を飯岡まで。そこでR126にのり、銚子大橋を渡って茨城県に入る。R124で北上中に、常陽BKに6千円の反則金を振り込み、郵便局で3万円引き出し、鹿島町に着く。この時点で11:00になってないのに、165km。今日はゆっくりしようと思っていたが、思わぬ収穫!
鹿島で、コインドライの場所を聞き、行ってみると洗剤がないので、JUSCOへ買い物に。洗っている間、外でくつろいでいると、旅行代理店の人から声をかけられ、話をしてみると、その人も明日、といっても今日の夜のフェリーで、九州へツーリングに行くらしい。その人も野宿派で、話が非常に合い、その人は営業中なのに30分近く話していた。代理店の人なので、いろいろ持っていて、青森や大間から、函館までのフェリーの本数や時間まで知ることが出来た。
鹿島アントラーズのクラブハウス(スタジアムとは別)まで教わる。ちなみに、鹿島のJUSCOの中には、ジーコの銅像が!!
その後、コインランドリーの近くのデニーズで昼食。クラブハウスも見学に行って写真をパチッ!今日はアントラーズの練習はなく、帝京大のサテライトがあるらしい。ちなみに鹿島町は、この9月に隣の大野村と合併して、めでたく鹿島市に昇格するらしい。結局、鹿島町で4時間もうろつき、いい休憩が出来た。
再出発して、R51、R245をつかって日立市へ。日立駅前を通って、裏道からR6に出て、また北上。ひたすら走り続けて、いわき市に入る。
途中のGSのおばちゃんが、「娘が北海道に行っていて、昨日の十勝の最高気温は16℃で、寒いって言ってたよ。」と教えてくれた。ま、まずい。
いわき市で勿来(なこそ)駅か植田駅にテントを張ろうと下見して、ついでに、みちのく三大古関の1つである、勿来の関で写真を撮った。写真の銅像は源義家である。勿来は「くるなかれ」とよみ、平安時代に蝦夷が南下してくるのを防ぐ為に、その名で呼ばれるようになったらしい。ちなみに三大古関のあとの二つは、文殊の関と、有名な白河の関である。
植田駅でうろついているとき、カギを落として、チャリン!と音が鳴ったとき、大変なことに気がついた。「合いかぎを忘れた!!」 このとき、18:50。急いで合いかぎを作ってくれる店を聞いて、行ってみると、長い間待ったあげく、合うものがないと言われ、金物屋ならと言われていってみると、もう閉まっていた。そのまま探し続けてYAMAHAのバイク屋さんに聞くと、バイクのカギは少ししかないけど、といいつつ、40分かけて同じタイプのを探し、つくってくれた。3・4歳の子どもをPW50に乗せているらしい。めちゃくちゃ人のよさそうな、東北なまりの兄ちゃんだった。兄ちゃんありがとう。
一安心して晩飯タイム。関東に入ってよく見かけた「ラーメンとん太」に入る。メニューに、「とんこつ?しょうゆ?みそ?これぞとん太の真骨頂、・・・(中略)・・・不思議な味」とあるので、食べてみると、本気で不思議な味だけど、めちゃうま!関西に出しても売れること間違いなし!
用事を済まして勿来駅に帰ったのが21:00前。だいぶ夜の使い方に慣れてきた。終電が22:57なので、それまでに今後のプランを練る。早く寝たいので、先に計算。
本日走行距離 305km 4時間休憩でのこの距離はスゴイ
ガス代 1,920円
食費 2,600円 ×
反則金 6,000円 ××
洗濯代 800円 (洗剤10パック含む)
合いかぎ代 500円
道代 210円
小計 12,030円 しゃれになってない・・・
朝、パン1個。昼、デニーズの知床鶏丼と冷やしうどんのセット。晩、とん太の一膳カレーセット。