* * *
その少年は悩んでいた。生ぬるい風呂の湯に身をあずけ、小さなため息を漏らしながら。そして、夏休み前後の出来事に思いをめぐらせていた。
あれは、夏休みが始まる一週間ほど前のことだった。彼は学校の授業が終わった放課後、クラスメイトをいじめていた。というのも、これは彼や彼の周りの人々にとっては日常茶飯のことで、誰も止めたり注意したりというようなことはしなかった。少年は一人の男子生徒を追い掛け回していた。その二人の力の差は明らかだった。もちろん、逃げ回っている者が追い掛ける人間より体が大きいということはない。
「また海藤が小川と追いかけっこしてるよ」
誰かが笑いながら言った。
小川と呼ばれた少年は廊下の奥へ奥へと人混みにぶつかりながら逃げていき、その後を海藤が俊敏な脚でついていっていた。
その時だった。A組の教室の前を通り過ぎようとした、その時。一人の少年がそこの教室から出てきた。ドスッという鈍い音に続いて、二人は激しく廊下に打ち付けられた。不意に海藤は唇に柔らかな感触を覚えた。それはほのかに熱く、甘美な味がした。
(これ、まさか・・・)
そのまさかだった。初めてのキスの相手は男だった。本来ならばショックを受けるべき事態のはずなのに、なぜだか海藤は気持ちの悪い思いがしなかった。
永嶋は彼の友達の一人で、今までもよく話したりふざけあったりしていた。けれど今、海藤は自分の中にある永嶋に対する友情以外の、いやそれ以上の感情の存在に気が付いた。
「ん・・・っ」
永嶋の呻き声が微かに聞こえた。そして突然彼は目を見開いた。
「ん・・・ん・・・っ!」
永嶋の唇が小刻みに震える。その動きがどうしようもなく愛しくて、海藤はもっと深い口付けを永嶋に捧げた。
(気持ちいい・・・)
遠い意識の中、海藤はそう思った。そして永嶋も、この甘い口付けに、少しだけ―ほんの少しだけ、快楽を感じていたのだった。



