B型肝炎訴訟のススメ

B型肝炎訴訟のススメ

B型肝炎訴訟の提訴方法やその道のりを、徒然なるままに坦々と。

ひとりでも多くの対象のみなさんに、気がついてもらえるように。

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伯母から連絡を受けた翌早朝、オーストラリアを出発した。
家にたどり着いたのは日付がかわった午前0時過ぎ。
車で約1時間のK大病院には翌朝行くことにした。
「見たらショック受けるよ」。
家で私を待っていた弟が言った。

病院で見た父の体は痩せこけ、黄疸により全身真っ黄色。
もとより大きな目はギョロッと見開かれ天井を仰いでいる。

医者:「○○さん、この人(私)誰かわかりますか?」
父:「・・・わかりません」
医者:「娘さんじゃないですか?」
父:「違います」

涙がでた。
遅かった。ダメかもしれん。

父は見当識障害に陥っているため、ここがどこで目の前の人間が誰かもわからなければ、一桁の計算もできない。
そして、劇症肝炎の致死率は経過によって50~80%と言われている。

医者より、
◇現在、24時間透析を回して血漿交換を行っており、これが内科的な最後の治療
◇これで無理ならあとは生体肝移植のみ。家族で話し合いを。
◇生体肝移植は娘か息子が望ましい。費用は2000万円程。
との話を受ける。

母と私で話をした。私が自分の肝臓を提供すると言った時、母は「やる側も危なかやろもん!あんたがやってお父さんが助かったとしても、あんたにもしものことがあったらお父さんは喜ばっさん!」と言った。
親としては当たり前によぎる想像なのだろう。
更には、もともと判断したり決定したりするのが苦手な母ゆえに、どうしたらいいのかわからない、というパニック状態。
母が想像する、ドナーが最悪の事態に陥る状況はよくある話ではないが、当然リスクはゼロではない。
「じゃあどげんすっとよ!このまま良くならんなら移植せんとお父さん死ぬとよ!」
容易ではないにしろ手立てがあるのに最後の望みにトライせずして命を落とすのは、53才という年には早過ぎる。

当初、病院には母と私がふたりで泊まっていたが、途中から時々母を家に帰らせることにした。母が帰った時は少しでも休めるよう、あらかじめ家にいる弟に掃除洗濯などの家事をやっておくよう、言い聞かせて。

病院での寝泊まりは、古いICUの横にあった同じく古い家族控え室で、待合室などによくある昔ながらの幅の狭い横長のソファが幾つか置いてあった。
そこにはいつも私たち家族を含む2~3家族がいて、毎晩と言っていいほど、幅の狭いソファで寝ているうちの誰かひとりが寝返りの拍子にドスンと床に落ちる。
その度にみんなで跳び起き、「大丈夫ですかっ?」と声を掛け合っていたことが思い出される。
ちなみに、私もそこで初めて、ベッド(ソファだが)から落ちるという体験をした。