まずはこの記事を読んでもらいたい。
これは事実を元に漫画化した作品の要でした。
内容はいわれのない誹謗中傷が突如ネットで発生し
それを支えてくれたのは一人の同級生の子の定時報告だったという内容です。
しかし私はこれを読んでとてつもない違和感と恐怖感を感じました。
この内容とても奇妙で気持ち悪い。
これコミュニケーション誰も取らないというよりも
決断を誰も取れない構造が見て取れる...
日本人ってこんなにダメなの?
特に大人のコミュニケーションロスと決断力のなさに恐怖すら感じる。
第一に保健室の先生の言葉
「大丈夫?」
これ子供である生徒に大丈夫かどうかの判断を委ねている。
要は自分は気にかけているが自分は決断しないという立ち位置が見て取れる。
子供なんてのはそんなところで決断などできるわけないのだから大人の側が責任をもって決断を下してあげるべきでしょ?
本来なら「私ならとてもつらく感じるから声をあげましょう。私がサポートするわ」です。
第二に親 こいつらもサポートしているようで全くしていないことが言葉でわかる。
「学校に行きたくなかったら行かなくていいよ。辞めたければ学校を辞めてもいい。訴えたかったら訴える」
全て親自体は決断しないが子供が決断すべきというスタンスだ。
学校に行かないなんて重大なことを子供が決断できるか?大人だって躊躇する「訴える」なんて事、子供に決断させるか? ホントに大人として親としてどうなのかと疑問を持つ。
私なら「大切なわが子にそんなことをする奴らは許さないしその子のためにもならないから訴える。」と自ら言う。
第三に教頭
『(Kさんが)傷ついたわけだから、謝りましょう』
本来そうじゃなくその書き込みをした人がなぜそうしてしまったのかそういう経緯になった理由などを表に出させKさん自身とちゃんと戦わせる必要があったのではないか?そしてそのような状況を学校に作ってしまった大人である教頭が謝るのではなくまだ未熟な子供のほうに謝罪させる。多分子供も謝れと言われたから謝っただけで反省などできる状況にあったかどうかはわからない。
結局Kさんの周りには誰も決断できる人 要は責任を取ってくれる人がいなかったということに他ならない。だからKさんが「相談したかったけど、怖くて相談できなかった」という考えになってしまったんだと思われるし、そのKさんに誹謗中傷した子も直接Kさんに不満をぶつけるのではなくネットに書き込むという行為に至ってしまった構図が見て取れる。
要は直接対決を避けたため結果陰口となりそれが回っていった形が見て取れるのだ。
喧嘩はダメというアホな考え方のせいで攻撃の仕方が陰湿化し始めてしまったのがよくわかるし
さらに責任を取るという行為を誰もしないがためにKさんが結果苦しむことになったのが如実にわかる。
要は判断できる責任を取れる見本がなかったから自ら相談するという決断が取れなかったといえる。結果このKさんは雑談をしてくれる相手が支えてくれなければ生き延びることができなかったということになる。
これ大丈夫か?
こんな奴らばかりなら当然日本の将来は無いな...
日本の教育にコミュニケーションがないと恐怖を感じるその典型例。
私はあなたが嫌い!
これを直接言えない社会というのは危険極まりない。
