年齢を持ち出す
若すぎるから駄目だ
その年齢からでは駄目だ
歳を取りすぎているから駄目だ
そう
大概否定する人の下手な理由付けは年齢である。
年齢を否定の理由に挙げてくる奴らの言うことは信じるに値しない。
ではなぜ否定する人は年齢を持ち出すのか?
それはマウントを一番取りやすい方法だからである。
若すぎるから駄目だ
この言葉を例に挙げよう。
この言葉は二つの言葉から成り立っている。
若すぎる
ここが年齢を表す言葉になっている。
対して
だから駄目だ
このだからは接続を意味しており そして駄目というのが否定を意味している。
若すぎる⇒ 駄目だ
という意味だ。
しかしこの関係はなんとも不思議な関係である。
表現は因果関係の構図になっているが
それは全くエビデンスのない因果関係となる。
そうこれは因果関係に似せた相関関係を表しているのだ。
最近ノーベル賞を取ったあの経済学者の先生たちが導き出した
いわゆる因果と相関の違いだ。
広告費をかけたから商品が売れた
この一見因果のように見える関係は実はその広告費をかけた時期が丁度クリスマスバーゲンの時期に合致していた
となるとこれは因果といいようがないととれるわけだ。l
一見そう見えるが実はその間に因果関係はない。
では
若すぎるから駄目だ
とか
その年齢では遅すぎる
等はどうか?
例えば50代から漫画家を目指すとしよう
多くの人は遅すぎる いまさらというだろう。
しかし本当にそうなのだろうか?
例えば今までのようにメディアというのが一部の人に握られていた時代は確かにその因果は成り立つだろう。
週刊少年ジャンプに持ち込んだところで多分そこの若い編集者から言わせると
なぜその年齢で...という印象があるだろうし
扱いづらい歳を重ねた新人をわざわざハンドリングするのは大変。
そのためもうその年齢ならチャレンジをあきらめたらどうか?と
表現したがるのは当たり前だ。
だから
その年齢では遅すぎる
という表現も成り立っただろう
しかし今やメディアは誰もが持てる時代となった。
誰か特有のプロのフィルタリングをかけなくてもだれでも発信ができる時代になったのだ。
ということは当然そこで戦略を練ればもしかしたら60代で漫画家としてブレイクすることだって夢ではなくなったということになる。
もちろんほかの理由もあるだろう。
例えば筆圧が弱くなるからとか気力が続かなくなるとかね。
でもパソコンを利用すれば筆圧などは何とでもなる。
気力については致し方ないがそもそも気力がわかない人が何かチャレンジしようなんてこと自体がないはずだ。
そうそれらはあくまでも相関関係でしかなくなったわけだ。
人はそれらしい理屈をつけるとそれがどんなに突拍子がなくても正しいと信じ込んでしまうという癖がある。
例えば
私トイレに行きたいので列を譲って
とトイレ待ちの列で言ったとする
いやいや譲るわけないでしょ?と思うでしょうが実はこれを突然言われてしまうと
譲ってしまう心理が働くそうです。
そして譲ってしまった不快感を諫めるために後付けで
私はまだ余裕があるから...と自分に言い訳をすることになります。
これをベンジャミンフランクリン効果というそうです。
そして付け加えるならこの
その年齢では駄目だ
という表現は巧みにその心理を突いている。
構図からすると
事実を伝えたうえで否定するという形式になっている。
その年齢 は動かさざる事実
そしてそれを駄目という言葉と連結することで
事実があるから駄目という構図にしているのだ。
それはあたかも女性だから駄目だというのと同じ構図なのだ。
むろん無限に広がるネットの世界だ。
当然そこで戦うのは大変なはず。
それはその通りだから概ね失敗することはあるだろう。
しかしそれはどんな商売を始めようとしても同じことなのだ。